今から25年前の1995年(平5)5月2日(米国時間)、ドジャース野茂英雄投手(当時26)がメジャーデビューした。ストの影響で開幕が遅れた米大リーグ。近鉄からドジャース入りした野茂は5回を1安打無失点、7三振を奪った。0-0で降板しメジャー初勝利こそならなかったが、その後の「トルネード旋風」を予感させるに十分な快投。1カ月後の6月2日、待望のメジャー初勝利を挙げた。

日刊スポーツはもちろん1面トップで報じた。

【復刻記事】

米大リーグ・ドジャース野茂英雄投手(26)が鮮烈デビューを飾った。先発で日本人としては30年ぶり、歴史的メジャー登板を実現した野茂は、得意のフォークボールで5回を1安打無失点。毎回の7奪三振、4与四球の快投を演じた。ストレートも最速で93マイル(約149キロ)をマーク。味方守備陣のスーパープレーにも助けられての「完封デビュー」となった。次回は中4日で7日のロッキーズ戦。先発ローテーション入りに食い込んだ「トルネード野茂」の新たな目標は、メジャー初勝利だ。

ド軍ラソーダ監督のしわしわの左手が伸びて、野茂の頭を優しくなでた。「ナイス、ゴーイング(よくやったぞ)」。5回、予定の100球前後に当たる91球を投げ終えてベンチに戻った野茂は、指揮官からこんなふうにされて初めて白い歯を見せた。チームで一番仲のいいモンデシーからも右手が伸びてきた。クラブハウスに向かう途中、スタンドからの声援に照れくさそうに手を振った。その先には日本から駆けつけた紀久子夫人と長男貴裕君の拍手する姿もあった。

マウンドに上っている間はポーカーフェースそのもの。表情豊かな大リーガーとは対照的な、初々しいメジャーの誕生だった。夢に見た第1球、ストレートは午後0時49分40秒。カリフォルニアの真っ青な空の下で、野茂はメジャーリーグに新たな歴史を刻んだ。マッシー村上氏(村上雅則)が日本人で初めて大リーグのマウンドを踏んでから30年後。しかも世界のパワー相手の先発とくれば、緊張感は通常ではない。日本から押しかけた200人を超す報道陣も、初登板への重圧感を後押ししていた。

初回ボンズ、ウィリアムズ、ヒルの中軸に、3連続四球。しきりに帽子を脱ぎ、汗をぬぐう。さしもの百戦錬磨もガチガチ。しかし、野茂は皮肉にも大リーグでチームメートのありがたさを知る。ウォレス投手コーチがマウンドに向かい「ヒ・ク・ク(低く)」と慣れない日本語でアドバイスを送ったのだ。「“ロー”と英語で言ってもよかったが、日本語の方がリラックスすると思ってね」と同コーチがみせた細かい配慮が、野茂を平常心に戻した。6番クレイトンを高めのフォークで空振り三振に切り、リズムを取り戻したのだ。

7奪三振でメジャー「奪三振率ランキング」の4位にいきなり入った。ストレートは最速で93マイル(約149キロ)をマーク。しかしどの球も高めで、三振以外は飛球ばかりの「ゴロなし」と低めの制球という課題も残した。4回無死一塁でクレイトンのライナーを、センターのモンデシーが背走のジャンピング・スーパーキャッチ。英語の苦手な野茂にとってチーム一の理解者が、この陽気なドミニカン。昨年新人王に輝いたチームメートのハッスルプレーに感化されもした。さらに4回、ヒルの三盗に女房役のピアザが座ったままのストライク送球で走者を刺して、野茂を盛り上げていった。

「今日は投げられただけでうれしい。全力投球できて満足です。自分が日本人だということは少しは気にしているが、30年ぶりとかにはこだわっていません。ファンがまた球場に来たいと思えるような魅力ある投球をしたい」。登板後の記者会見で野茂はそう言った。今度は7日(日本時間8日)のロッキーズ戦でメジャー初勝利を目指す。中4日の先発ローテーション入りを果たした野茂のメジャー人生が、いよいよ動き出した。

◆超VIP球場入り 初先発前から野茂は超VIP待遇だった。ラソーダ監督、レジー・ジャクソン打撃コーチらとリムジン同乗の球場入りも異例なら、ユニホームに着替えた後もサンフランシスコ市警の捜査官がガードしてグラウンド入りとなった。護衛を務めた同市警の日系3世・加美田デビット幸雄さんは「ひとりの選手を護衛するのは初めて」とびっくり。225人(うち日本報道陣90人)の取材申し込みが寄せられたが練習中の報道陣ベンチ入りも禁止された。

<対戦したジャイアンツは…>

並み居る強打者たちが、野茂の前にひれ伏した。ジャイアンツの3番バリー・ボンズは父親ボビー・ボンズが同じジ軍の打撃コーチを務める「父子鷹」。過去3度MVPに輝いたナ・リーグ屈指のスラッガーだが、野茂の前に四球と5球連続フォーク攻めで左飛に倒れた。「ストレート、フォーク、カーブともメジャーの先発スタッフで十分にやっていけるものを持ってるよ。疑問の余地はない」と言い切った。

さらに、ボンズは野茂が立ち上がりで制球に苦しんだ点について「緊張があったようだね。でも、それは報道陣がいつも取り囲んでプレッシャーをかけるからだ。放っておいたらもっといい投球をしただろう」と分析した。

メジャーの「野茂礼賛」はまだ続く。4番ウィリアムズは「ストレートがいいからフォークが効果的だ」とお手上げポーズ。四球に続いて3回の打席でそのフォークを空振りし三振に倒れた。昨年ストでシーズンが途中打ち切りになったものの、112試合で43本塁打を放ち、「キング」に輝いた男だ。野茂のフォークにタイミングが合わず、審判のジャッジに珍しくいらつくシーンも見られた。

ジ軍ベイカー監督も野茂の独特のフォームを指して「われわれのスイングがめちゃめちゃにされそうだった」と話した。今年初めの野茂獲得競争に参戦し、契約寸前で逃げられた経緯がある同監督。この日は大きなフォームを突いて2盗塁を成功させたが「真価が問われるのはお互いに慣れた時」と警戒感を強めた。