ニッカンスポーツ・コムでは、新聞紙面で好評の里崎智也氏(日刊スポーツ評論家)の「ウェブ特別評論」を掲載中。3回目は「二盗されるのは誰のせい?」です。

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 巨人ドラフト2位の重信が、自慢の足で開幕1軍入りを首脳陣にアピールしている。足の威力は言うまでもないが、好不調の浮き沈みが少ない貴重な武器となる。

 快足自慢の猛者にとって、攻撃面では盗塁もアピールのひとつ。さて、二塁盗塁されるのは誰のせいなのか?

 答えは投手と捕手の共同作業なので2人の責任。ただ、責任比率で言うと、投手6に対し、捕手4ぐらいか。決して私が捕手出身だからと“捕手びいき”したわけではない。

 責任比率の理由はこうだ。二塁盗塁の場面。投手が主導で、練習次第でクイックはかなり上達する。さらに一塁走者も、投手の投球動作を見てスタートを切るため、投手がけん制やセットポジションで球持ちの長さで長短つけるなど、スタートしにくくさせることも可能だ。捕手は、投手の球を受けた後、安定的に1.95秒以内で二塁ベースに送球し、二塁に入った野手のベルト下にコントロールよく投げることしか自分の意思ではできないからだ。

 イメージしてみよう。昨年パ・リーグ盗塁王(34個)の日本ハム中島が一塁走者だと仮定する。リードを取った後、スタートしてから二塁ベース到達までの時間は約3.2秒だ。捕手が球を捕球した後、二塁到達までの時間は1.95秒。引き算をしてみて分かる通り、セットポジションの投手が捕手のミットに球を投げ込むまでに与えられた時間は1.25秒。これで「仮想中島」と互角の勝負となる。

 投手のクイック目標タイムは各球団で異なるだろうが、1.25秒か、またはその前後に設定されていることが多いようだ。設定時間をクリアできない投手は、1軍に上がれないという球団もあるという。

 93年にヤクルトが日本一に輝いた。当時、正捕手古田氏の盗塁阻止率は驚異の6割4分4厘。日本記録だ。古田氏の実力はもちろんだが、石井一氏、高津氏ら当時の主力投手もクイックは軒並み1.1秒台だったという話を聞いたことがある。野村監督のもと、投手、捕手ともに徹底して二盗撲滅の共同作業へ取り組んだ様子がうかがえる。

 パフォーマンスが下がると、クイックをしない投手、練習への取り組みがあまい選手がたまにいる。パフォーマンスが下がるとは、球威が落ちる、投球フォームのバランスが悪くなるという理由がほとんど。

 しかし、野手でバントが下手だから練習しないとか、守りで逆シングルが苦手だから練習しないとかそんなことはない。クイックもプロとして当然のスキルの一部だと思う。向上させようとするのが当たり前。実際、捕手も1.95秒以内と言いながら0.01秒でも速く投げようと日々精進している。「走られても点をやらなきゃいい」という声をたまに聞くが、クイックを練習しないのは、苦手を正当化しているとしか思えない。二盗阻止は「共同作業」だが、投手が必死でクイックを改善しないのに、捕手だけ必死に盗塁を刺そうと頑張るのに矛盾を感じるのだ。

 クイックのうまい投手がいるのにできないことはない。教えてもらって練習すれば上達するスキル。できないことを正当化させてはいけない。現役時代、私も足を引っ張らぬよう1.95秒以内に安定して送球することに重点を置いた。

 クイックで手本にすべき投手はあちこちいる。DeNA久保康、中日浅尾、巨人内海、オリックス平野、ソフトバンク五十嵐…。私がバッテリーを組んだ中で、久保康はクイックがめっぽう速かった。平均で1.1秒台、意識すれば1.0秒台で彼は投球できるのではないだろうか。

 クイックが“達人”の域までくると盗塁企画数がガクンと減る。二盗撲滅へ、究極を言えば、盗塁を企画されないこと、まさにこれだ。相手のベンチは、今日の先発投手はセットポジションで何秒かかっているか計測している。二盗がいけそうだと思わせない「抑止力」が効けば、捕手の肩の強弱が話に上がることもない。走者に気を取られず打者主体のリードもできる。走者を気にすれば自然とストレート系主体の配球となり、カーブなど緩い変化球が敬遠されがちだ。が、盗塁を企画されなければ全球種を交えた配球となるため痛打される確率も下がる。

 二盗を阻止できれば、うれしいが、実はセーフかアウトは二の次だと思っていた。自分に与えられた役割をきっちり果たすことこそ「共同作業」は完成へと近づく。(日刊スポーツ評論家)

 ◆里崎智也(さとざき・ともや)1976年(昭51)5月20日、徳島県生まれ。鳴門工(現鳴門渦潮)-帝京大を経て98年にロッテを逆指名しドラフト2位で入団。06年第1回WBCでは優勝した王ジャパンの正捕手として活躍。08年北京五輪出場。06、07年ベストナインとゴールデングラブ賞。オールスター出場7度。05、09年盗塁阻止率リーグ1位。2014年のシーズン限りで引退。実働15年で通算1089試合、3476打数890安打(打率2割5分6厘)、108本塁打、458打点。現役時代は175センチ、94キロ。右投げ右打ち。