西武からFA宣言した岸孝之投手(31)が、楽天に移籍した。宮城生まれの投手がプロの世界でもまれ、一線を張る選手に成長し、自分で勝ち取った権利でふるさとに帰る。特に、岸の出身である名取市民は、何とも言えない感慨を覚えたのではないか。

 縁だったのだろう。岸の父孝一さんは、仙台に本店のある七十七銀行の野球部で監督を務めていたという。七十七銀行といえば楽天の活動に理解の深い地域密着の企業。球団創設時から積極的なサポートを続けていることは、東北の人なら誰でも知っている。

 入団会見に同席した星野仙一副会長(69)も大喜びだった。岸の権利行使を受けて、「絶対に欲しい! どこにも負けたくない! オレが行って直接話す! アイツは勝てる。計算できるピッチャーを仲間に加えてあげなくては、現場にも申し訳が立たん。見てろよ~」と気合が乗っていた。あふれる思いを隠さず、相手の心を揺さぶる力を持っている人。交渉の熱が目に浮かんだ。

 星野氏にとって、FA選手が楽天を選んでくれることは長年の願いでもあった。獲得に乗り出しても他球団に負けたり、調査の段階で断念したり…。「今のウチはFA補強に頼れないチームだ。ドラフトだったり、育成だったり、外国人だったり。自分たちの力をもっと高めて。選手が選んでくれるような、魅力あるチームにしなくちゃダメだ」。当時よく話していた。

 東日本大震災を経験して、若い選手を鍛えて、13年に日本一になった。昨年は今江がFA加入した。ファンだけでなく、球界の内部から見ても魅力ある球団になった。星野氏はもちろん、古株の職員たちにとっても感じ入るものがあるだろう。

 岸は非常に誠実で、かつ職人肌の選手である。日本シリーズで大きなカーブを駆使し、名をはせた08年オフ。選手権を争った巨人の投手から「カーブを教わりたい」と申し出を受けた。岸は快諾し、恵比寿のもつ鍋店でレクチャーした。

 ボールを持ってきた選手に対し、握り方から手首の使い方、ボールの切り方まで懇切丁寧に伝えた。「僕なんかに、わざわざ聞いてくれたんですから。それに、変化球の感覚は人それぞれ。指の長さも投げ方も違う。人と同じことをやっても、同じように投げられる訳じゃありませんので」。技術への自負を感じたことを覚えている。

 静かな物腰でイーグルスになじみ、投手陣に影響を与え、全体を底上げする。東北人らしい、地に足の着いたやり方で貢献していくと思う。味のある野球人が年輪のように積み重なって、東北楽天の歴史を彩っていく。【宮下敬至】