あの頃を考えれば、今の姿は想像もつかなかった。早大3年春のリーグ戦で、東大相手に東京6大学史上3人目となる完全試合を達成した。歓喜の後、悲劇は突然訪れた。「いきなりです。イップスになって。18・44メートルがめちゃくちゃ遠く感じた」。投球練習をする度、ホームプレート手前でワンバウンドする。「ストライクゾーンが分からなくなった」とまで感じた。埼玉の進学校・川越東出身の知性派は、フランスの哲学者・デカルトの書籍を手に取った。

 何冊も読み進めると、1つの考えにたどり着いた。「いい時もあれば、悪い時もある」。聞いたことがあった。禅の思想-。「日々是好日」。「哲学書なんですけど、禅の思想でもあって。スッと入ってきました。こういう時期もある。いつか大丈夫だから」と言い聞かせた。いつの間にか、ストライクゾーンも鮮明に見えた。昨年5月、社会人野球の試合で東北にいた。Koboパーク宮城で偶然に見た楽天の試合で、大学の後輩・茂木がお立ち台に上がっていた。それから1年未満。「まさか自分が…。こんなに早く勝ちが付くと思っていなかった」。“いい時”をかみしめた。【栗田尚樹】

 ◆高梨雄平(たかなし・ゆうへい)1992年(平4)7月13日、埼玉県川越市出身。川越東から進んだ早大では東京6大学史上3人目の完全試合を達成。JX-ENEOSを経て16年にドラフト9位で入団。開幕1軍入りし、4月2日オリックス戦でプロ初登板。今季年俸は800万円(推定)。175センチ、81キロ。左投げ左打ち。

 ◆ルネ・デカルト フランス出身の哲学者、数学者でもある。17世紀に活躍し「近代哲学の父」と言われる。「私が存在するという証拠は、私が今存在する理由を考えているから」という意味の「我思う、ゆえに我あり」は有名な考え方。