中日松坂大輔投手(37)が復活の1歩を刻んだ。テストを経て入団した中日で初登板。西武時代の06年9月26日ロッテ戦以来、12年ぶりとなる日本での先発で、苦しみながらも5回3失点と踏ん張った。メッツ所属時以来、4年ぶりの白星は惜しくもつかめなかったが、復活近しを印象付ける力投だった。横浜高3年時に甲子園連覇した「平成の怪物」出現から20年。数々の栄光ののち、故障と闘い続けた長いトンネルを抜け、新しいステージを歩み始めた。

 96回、必死に腕を振っても松坂には余力があった。1-3の5回の攻撃。先頭打者で代打を出されたが、ベンチは続投も考えていた。攻撃陣は3失点を取り返せず、敗れた。黒星がついた右腕は冷静に振り返った。

 松坂 勝ちにつなげられず、悔しさしかない。これまではマウンドに立つことが目標だったけど、登板が決まってからは、勝ちにつなげることだけを考えていた。走者を出しても、ホームにかえさないことだけを考えたが、それができなかった。もう少しうまく抑えて長いイニングを投げたかった。先頭打者を出して、球数が多くなってしまったことが反省です。

 日本復帰後、4年目で初の先発。1軍登板は16年以来、550日ぶりだ。ソフトバンクでは3年間で1登板だけ。復活できるわけがない-。懐疑的な目がつきまとったが、自信はあった。昨秋退団した時には右肩は快方に向かっていた。現役続行だけは決めていた。「チームはどこかは分からないけど、来年は投げられると思っていた」。救いの手を差し伸べたのは西武時代から知る森監督が率いる中日だった。

 1月23日に入団テストを受けた。ナゴヤ球場の室内練習場のブルペンで第1球を投げると、見守ったスタッフらは顔を見合わせ、笑みをこぼしたという。「1球」で全員を納得させたのだ。

 目標にしていた開幕1週目のマウンド。「特別な感情はなかった」と言う。先頭立岡に内野安打を許し、盗塁、進塁打、四球で1死一、三塁。ゲレーロには変化球を拾われ、先制の1点を許した。すぐに追いついたが、3回に不運な安打や失策で2失点した。一方で、復活ののろしは上げた。初回のマギーから3連続三振を奪ってみせた。再三のピンチで投げミスをしなかった。失点を最小限に抑え、結果的に試合を作った。

 「そう簡単にはいかない。苦しんで、苦しんでは当然。次につながるものもある。味方が足を引っ張るとこういうゲームになる。やっちゃいけないことをやると苦しむ。松坂が投げるということで野手が硬くなってしまったのか」と森監督。今日6日に出場選手登録を抹消されるが、回復状態によっては次回以降は抹消せずローテ入りさせる可能性も示唆。森監督にも手応えがあった。

 「平成の怪物」誕生から20年。周囲を驚かせ続けてきた野球人生がまた動きだした。【柏原誠】