ずっと、待ち望んでいた。地元・熊本での初球宴。オールスター選手として、生まれ故郷に帰ってきた阪神岩貞祐太投手(26)が、胸をなで下ろした。

 「震災がありましたけど、ここの景色は変わらない。大勢の熊本の方の前で思い切って投げられて、本当に幸せでした」

 16年4月14日。熊本地震でふるさとが甚大な被害を受けた。「野球以外でも、どういう形でも協力したい」。1勝につき10万円、1奪三振につき軟式球1ダースの寄付を始めた。熊本市内に実家があり、修繕工事中の熊本城を目にすると、あの悪夢がよみがえってくる。「やっぱりつらいですよ。言葉にできないです。あれだけのことが起こったので…。忘れたことはありません」。震災時は熊本にはいなかったが、伝え聞いたり、写真を見たり…。悲惨な現実を、ただ受け入れることしかできなかった。

 「絶対に、熊本で投げたかったんです」。大きな目標を胸に秘めて今季に臨んだ。「自主トレのときから徹底的に投球フォームを見てもらった。能見さんには感謝しかないです」。同じ左腕のベテラン能見を頼った。日頃のキャッチボールでも気づいたことは指摘してもらう。ボールの回転、軌道、修正したフォーム。シーズンでの奮闘が実り、監督推薦で出場を決めた。

 試合では思いが募り過ぎ、力が入った。0-0の4回から登板したが、5回に源田と甲斐に連続適時打を浴び、2イニングで5安打2失点。黒星もついた。「苦い思い出のままでした。点を取られて悔しい気持ちが9年前と変わらなかった」。

 必由館高校3年の夏。エースではなく「11」を背負った。先発を任されたが準決勝で敗退。「あのときの悔しさがあったから大学でも頑張ろうと思えました」。慣れ親しんだ熊本を離れ横浜商大で奮戦。いつかは熊本で雄姿を見せると誓い、13年ドラフト1位でプロの扉を開いた。「プロ野球は何万人という人が一致団結して応援してくれる。その人たちが熊本に来てくれることは本当にうれしい」。この日は、両親と祖母が観戦。「これからも熊本のために、熊本出身のプロ野球選手として頑張っていきたい」と心を新たにした。

 「まだまだ、これから。時間はかかると思うけど、この時間を大事にしていきたい」。復興がすべてに行き届くまで…。岩貞が全力で腕を振り続ける理由が、熊本にある。【真柴健】