リアルな「ドラゴン桜」の世界があった。東京6大学野球リーグの東大が27日、埼玉県立不動岡高校の野球部10人を練習に受け入れた。午前8時から約5時間、全メニューを一緒に行った。入部者増を狙う浜田一志監督(54)が発案した。塾講師の顔も持つ監督は、練習後に見学者12人を合わせた22人の高校生に「東大野球部流 合格講座」を開いた。

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コンクリートむき出しの観客席が、塾と化した。文化庁登録有形文化財でもある東大球場。昭和の趣残るバックネット裏に、詰め襟の学生服22人。ピンと背筋を伸ばし、浜田監督を迎えた。「野球部流 合格講座」と記されたペーパーを手に、塾長が口を開く。創部100周年と紹介した後、続けた。

「東大は100年間、優勝してません。『俺が優勝させてやるぞ!』という人を待ってます」

熱く、受講生を引き込んだ。「自分で勝手に限界を作らないこと。野球も、勉強も『こんなもんだろう』と思うと、そこまで。この学校だから、東大に入れる、入れない、甲子園に行ける、行けないなんて、大人が勝手に言っているだけ」と訴えた。青空講義には黒板こそなかったが「文武両道のコツ」とテーマを定め、具体的なポイントを挙げていった。

“基礎を大事にする”

野球も、勉強も、基礎が大事なのは言うまでもない。

“疲れていても勉強できる”

「疲れた時に苦手科目を勉強しても眠くなっちゃう。そういう時は、得意な科目」と力説した。「スタンプラリー効果」だという。スタンプを全部集めたら1杯無料のラーメン店を例に挙げた。「家系で僕も集めるんだけど(笑い)。1つも埋まってないと集める気にならない。でも、2つ、3つと押すと、また行こうと思う。勉強も一緒。得意科目ができると、苦手なものも自発的にやろうとなる。野球もそう。直球が得意だと、変化球も打てるようになりたい。勉強は個人プレーじゃない。国数社理英のチームプレーです」と、野球に絡めながら説いた。

“時間を無駄にしない”

「授業時間、通学などの隙間時間を使って」と呼び掛けた。その上で、睡眠、食事などの9時間を引いた残り15時間をどう使うか。「753の法則」を強調した。部活期間は「やるべきこと(勉強)7時間、やりたいこと(野球)5時間、自由時間3時間」。引退したら、野球の5時間を勉強に回す。「12時間の壁」だ。「部活に使っていた時間を全て勉強に振り向けると現役合格しやすい」。実際に、現役合格した東大野球部員の平均値を示した。部活をしていた時は、勉強7・4時間、野球4・6時間。それが、引退後は勉強12・8時間と、野球の時間を全て勉強に回していた。

次々と興味深い話を紹介したが、実は、真っ先に掲げたものは別にある。

“モチベーションを保つ”

高校生に教えることで、部員は野球の理解を確認できる。同時に、未来の東大生候補に動機づけを与える場でもあった。講義前、浜田監督は明かした。「東大球場で練習したことをモチベーションに、勉強に身を入れて欲しい」。

東大に合格しないことには、東大野球部には入れない。当たり前のこと。ただ、他の5大学と違い、国立の超難関である東大には大きなハードルとなっている。練習&講義を終えた、不動岡・加藤将義内野手(1年)は東大志望。「花咲徳栄や春日部共栄とは、僕らは体が違う。頭を使ってやらないと。東大の方たちの練習は勉強になりました。モチベーションが高まりました」と目を輝かせた。

13年から指揮を執る浜田監督。地道な活動が実り、今季は史上初の部員100人超えも見えてきた。分母を増やすことが戦力アップにつながるのは間違いない。サクラ咲く日を、塾長は待っている。【古川真弥】

◆東大野球部は公式フェイスブック上で「受験生応援企画」を展開している。センター試験や2次試験に向けて、部員たちの経験を披露。「センター試験対策は駿台パックとZ会の問題集をひたすらやった」「昼休みはトイレだけは済ました」「うるさい集団もいるので耳栓やイヤホンを」など、具体的なアドバイスを送っている。発案者の柳田海主務(3年=湘南)は「受験生のモチベーションになれば」と話した。

◆東大の現役部員たちは、どうやって受験勉強のモチベーションを保ったのか? 共通するのは「神宮でプレーしたい」という強い思いだった。3浪の末に入学した井上慶秀内野手(1年=長野)は浪人時に宮台(現日本ハム)が投げる姿を追った。「下克上というか、強い相手に投げ勝つ。公立高出身の僕らには、むちゃくちゃ格好良かった」。1浪で合格の土井芳徳外野手(2年=国学院久我山)は「6大でやりたかった。僕の野球の力では他の5大では難しくても、東大なら勝負できる」。彼らは「東大」よりも「東大野球部」に入りたかったのだ。

◆東大野球部 1919年(大8)創部。25年に早大、慶大、明大、法大、立大の東京5大学野球連盟に加盟し、東京6大学野球連盟が発足した。終戦後最初のリーグ戦となった46年春は2位。「赤門旋風」の81年春は4位だったが、シーズン6勝は東大史上最高記録。10年秋から15年春にかけて、連盟記録の94連敗。エース宮台(現日本ハム)を要した17年秋は、15年ぶりに勝ち点を挙げた。

◆ドラゴン桜 三田紀房のマンガで、03年から07年まで講談社のマンガ雑誌「モーニング」に連載。元暴走族で弁護士という桜木建二が、落ちこぼれ高校の再建に乗り出すべく、東大合格100人に挑む。作品の中で、さまざまな受験テクニックが紹介された。

◆浜田一志(はまだ・かずし) 1964年(昭39)9月11日、高知県生まれ。土佐(高知)から東大へ進学。89年工学系研究科修士課程修了。新日鉄(現・新日鉄住金)に就職し94年に独立して学習塾を開業。野球では3年春に1試合2本塁打の東大個人記録を樹立し、4年時は主将を務めた。13年に東大硬式野球部の監督に就任した