社会人野球選手の仕事って何だろう? 社業はオフ中心にこなし、メインは野球のチーム。企業の広告塔という考えがあるだろう。一方で、あくまで社業優先のチームもある。九州三菱自動車で営業マンだったロッテ有吉は、顧客からの連絡がいつ来てもいいように練習中も携帯が手放せなかったという。要は企業によるが、“第3の道”を示す熊本のチームに潜入した。

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熊本ゴールデンラークス。県内中心にスーパーを展開する「鮮ど市場」が運営する。今年から、選手たちは新設の「社会貢献推進本部」に配属された。同社社長でもある監督の田中敏弘(49)が意図を明かした。

「社会貢献があなたたちの仕事です、ということ。シーズン中は野球中心ながらも、野球界の常識を破り、社会を向いて活動する。大事な時期でも地域との触れ合いを優先していく。オフ期間は完全に社会貢献活動をしていく」

ラークスの選手はスーパーの店頭に立つことで知られる。これを2、3年かけ、野球寄りの環境に変えていくという。オフは地元の小中学校を回り、スポーツ教室などを予定。これまでも行ってきたが「ニュースになって、みんな頑張ってるね、で終わり。その枠を超えられない」というじくじたる思いがあった。“いい話”止まりだったのを「(本拠地の)合志市に学校がいくつあるか。幼稚園、老人ホームも。毎日どこかに行く。真剣に取り組むなら、それは仕事」と発想を変えた。選手全員が、日本スポーツ協会公認の指導者資格取得を目指している。

野球メインだが、広告塔という捉え方ではないと、田中は強調する。チーム名に企業名が入っていないことが示している。05年の設立時から「地域貢献」を掲げ、企業名を排した。だが、16年に企業名を入れた「鮮ど市場ゴールデンラークス」に改称。「もっと応援したい」という社員の要望があった。ところが、同年4月、熊本地震が起きる。本社ビルは取り壊しを余儀なくされ、ラークスも1カ月ほど練習できなかった。その間、選手は阿蘇などの農家でボランティアに従事。その経験が、田中に原点を思い出させた。「人の力、スポーツの力ってすごい」。設立時の理念を、現実の形にする時が来た。

「俗世間の企業スポーツという、当たり前のレールに乗っかっている。初心に戻り、野球部の存在意義を考え直そう」

今年から再び企業名をのぞいた。さらに、新たなプロジェクトを開始する。「ラークストップアスリートクラブ」の設立だ。県内の団体、個人を対象に「スペシャルメンバーズ」を募り、鮮ど市場がフランチャイズ事業を担うゴールドジムの施設を無償提供する。現時点で熊本商陸上部、熊本マリスト学園空手道部など6団体、個人は女子プロゴルフの野口彩未ら3人が集まった。さらに、日本代表クラスを想定した上位カテゴリー「ゴールドメンバーズ」には、ジム併設のクラブハウスや酸素カプセルなども提供する。ラークスの選手もアシスタントスタッフとして、活動に加わる。

田中は思い描く。

「メンバー同士がお互いの応援に行きあう。クラブハウスでは、トップクラスの選手がトレーニング法などを情報交換する。そうやって、みんながスポーツでつながっていく」

これまでの常識では語れない。企業や競技の枠を超えた「チーム熊本」を目指す。(敬称略)【古川真弥】

◆熊本ゴールデンラークス 株式会社「鮮ど市場」の硬式野球部。05年に設立され、06年から熊本市を本拠地に活動開始。07年、都市対抗初出場で1回戦勝利(2回戦敗退)。日本選手権にも出場した。08年にも都市対抗出場。16年「鮮ど市場ゴールデンラークス」に改称。今年から旧称に戻し、本拠地を練習グラウンドのある合志市に変更した。出身プロは香月良仁(ロッテ)川崎成晃(ヤクルト)島井寛仁(楽天)竹安大知(阪神→オリックス)。

◆田中敏弘(たなか・としひろ)1970年(昭45)1月5日生まれ。熊本市出身。九州学院3年時の87年、夏の甲子園出場。明大、日本通運に進み、97年に社会人ベストナイン(三塁手)に選ばれた。00年に現役引退し、01年に父が創業した鮮ど市場に入社。常務だった05年、野球部設立に尽力し初代監督に就任。09年限りで退任も、12年から再び指揮を執る。09年からは社長。現役時は173センチ、70キロ。右投げ左打ち。

▽田中社長の右腕が、元ロッテ投手の香月良仁氏(35)だ。08年ドラフト6位でラークスから初のNPB入り。16年までの8年間で通算65試合に投げた。退団後は「社長の下で働きたい」と古巣に戻り、コーチ兼任でプレー。昨季限りで現役を退き、GM補佐に就いた。「世の中から見たら、野球なんてちっぽけ。でも野球があったから、皆さんとつながっている」とトップアスリートクラブのプロジェクトに奔走している。

▽トップアスリートクラブのスペシャルメンバーズには、高校の部活だけでなく、社会人女子ソフトボールやダンスチームも参加している。女子ソフトボールチーム「ダブルリーフ」を新設した株式会社双葉の志賀貴副社長(50)は「高校、大学を終えると、熊本には女子ソフトの受け皿がなかった。盛り上げていきたい」と意気込みを語った。