急性骨髄性白血病のため11日に亡くなった元ロッテ捕手の醍醐猛夫(だいご・たけお)さん(享年81)の告別式が17日、東京・文京区の護国寺で営まれた。

以下、ソフトバンク王貞治球団会長の弔辞全文。

醍醐さん、よく頑張られましたね。病気を発症してから何回も入退院を重ねて、この5年間すばらしい闘いをしたと思います。醍醐さんの明るい性格と人間力と言いますか、これらが闘いに勝ち、ここまでみんなの心の支えとして生きていただけたのではないかと思います。

私は昭和31年に早稲田実業に入りました。下町のラーメン屋のせがれだった私は、親からもあまり厳しいことは言われず、本当に天真らんまんに自由奔放に少年時代を過ごしてきました。そのまま早稲田実業の野球部に入りまして、大変先輩たちにはご迷惑をおかけしたと思いますが、あまり細かいことも言われず、本当にのびのびと野球に打ち込ませていただけました。

その早稲田実業での経験が、その後の私の野球人生に大きく影響したと。あの時の早稲田実業の野球部での生活があったからこそ、現在の私があると、そのように思っています。醍醐さんは私の恩人でございます。本当にいつもニコニコ、私がストライクが入らなくても根気よくリードしていただきました。本当にありがとうございました。

コーチとしても、選手の長所を伸ばすという醍醐さんの方法が今、一番求められてるんじゃないかと思います。今、青少年が野球離れをしております。やはりこれは勝ち負けにこだわった野球。またそこにいくまでのコーチたちの厳しいトレーニング方法や指導方法が、少年たちから野球を遠ざけているんじゃないかとそのように思います。

やはり明るくにこやかに、選手たちのやる気を引き出すという醍醐さんの指導の仕方がいま一度見直され、また実際にそれが行われるようになれば、日本の野球界もまたよりいっそう一段高いところに上れるのではないかと思っております。

人間、必ずやこのような時を迎えざるを得ません。でも、それまで醍醐さんは明るくにこやかにこの日を迎えられたんだと思います。みんなに本当に勇気を与える生涯だったのではないかと思っております。後に続く我々も、醍醐さんを見習って、いかに人々にいい影響を与えられる生き方ができるかと。あまり残りは長くありませんが、改めてまた醍醐さんの生き方を見習っていきたいと思います。

本当に最後の5年間苦しいこともあったと思いますが、よく闘われたと思います。どうぞこれからはゆっくり、ゆっくりお眠りください。本当にありがとうございました。後輩、王貞治。