8年前の2012年5月30日、巨人杉内俊哉投手がノーヒットノーランを達成した。9回2死までパーフェクト。あと1人で完全試合は逃したが1四球のみ、14三振を奪う準完全試合。甲子園でもプロでもノーヒッターになったのは杉内が初めてだった。

【復刻記事】

惜しい…。でも快挙に変わりはない。巨人杉内俊哉投手(31)が楽天1回戦で、史上75人目(86度目)のノーヒットノーランを達成した。9回2死までパーフェクトも、打者28人に1四球14奪三振の準完全だった。鹿児島実時代の98年、夏の甲子園(八戸工大一戦)でも1四球のみで達成。巨人では94年に完全試合を達成した槙原以来、18年ぶりの偉業だ。リーグトップの7勝目(1敗)をマーク。昨オフにソフトバンクからFA移籍した左腕が、東京ドームで輝きを放った。

杉内の9分間、15球に誰もが固唾(かたず)をのんだ。楽天27人目の打者は代打中島。捕手阿部が間合いを取った。ささやいた。「何か言ってくれましたね。覚えてないんです。忘れちゃいました。怒られちゃいますね」。耳に入らなかった。阿部が戻って腰を落とした。杉内は決めた。三振で終える。力ずくではない。あえて「際どいところを狙おう」と決めた。

午後7時52分。運命の勝負。初球、外寄り高めをファウル。乾いた唇をなめた。3球目、真ん中低めスライダー。見逃しでカウント1ボール2ストライク。左腕をぬらりと回した。「声援が聞こえて、興奮した」。それでも冷静だった。「外角チェンジアップを狙っているのは分かっていた。首を振って真っすぐ」。何度も対戦した楽天。左キラーの得意技を知っていた。普段は従順だが、ここで阿部のサインを2度、嫌った。

直球でパーフェクト、のシナリオ。外角低めいっぱい、ボール。帽子を取って汗をぬぐった。「もう1球いってやろう」。全力投球。「人生で一番、力んだ」抜け球でフルカウントになった。6球目。内角低めのクロスファイアだった。中島のバットも、良川球審も動かない。一瞬の間を置いてボール。緊張が切れたファンのため息が包んだ。でも杉内は不敵に笑った。なぜか。「無責任な真ん中のボールよりも、しっかりコースを狙う。ヒットなら、際どいボールでいいやと思っていました」。午後7時56分。完全試合の偉業を逃しても、納得ずくだったから笑えた。

「ノーヒットノーランが残っている。打たれても完封がある。何より勝つことが大事」。巨人軍の背番号18を背負うにふさわしい思考はぶれなかった。ファウルで粘られた聖沢への9球目。少しシュート回転した、どぎつい138キロ。インロー直球だった。今度は球審の手が上がった。こぶしを下に突いた午後8時1分。史上75人目のノーヒッターが生まれた。

杉内 非常に光栄です。うれしく思います。去年、同じ楽天戦。7回までノーヒットでした。でも2点取られて負けました。しかも勝てなかった田中のマー君相手に。出来過ぎです。

記録に対し素直に喜んだ後、最後、結んだ言葉には実に重みがあった。

杉内 記録は今日だけ。毎回は出来ないし、明日になれば過去になる。貯金6つつくれていること。それが大きいし自信になる。いつも18番らしく、と思っています。

信念は「水のようにあれ」。水は容器が変わっても、その形通りに流れていく。その日の調子に合わせ、臨機応変に適応する。「水が、僕の考え方とか、投球フォームに一番しっくりとくる。僕のイメージですけどね」。大河のごとくゆったりしたフォームと、大河のごとく深くて広い、巨人の18番を背負う決意。完全を逃しての笑顔。そこに杉内のすごみがある。

<杉内の一問一答>

-どこから意識を

杉内 初回からヒットを打たれていないことは分かっていましたし、回を追うごとに、もちろんその意識は強くなっていくんですけど、由伸さんの2ランで、チームの勝つことが前提に、まずは勝つこと、そして自分の投球をしようと思っていました。

-四球で完全試合を逃して、悔いはない?

杉内 時間が戻るならストライクに投げたいですね(笑い)。

-田中も良かったが、刺激になったか

杉内 昨年、ヤフードームで負けているので、その時の思いがありました。その時も7回までノーヒットノーランしているんですよ。その部分がよぎったのですが、7回に2点奪われて負けたので、まさか、今日も同じ展開じゃないかと。僕自身の勢いが増しました、8回、9回と。

-ノーヒットノーランは

杉内 甲子園ではあるんですけど、その後だと、教育リーグで。調べてください(笑い)。社会人時代はないです。パーフェクトは高校時代に練習試合であります。公式戦ではないです。

-今日、ノーヒットノーランをできた要因は

杉内 運もあります。飛んだコースでアウトになるのもプロ野球。ちょっとずれていればヒットになったのも2、3本ありましたから。痛烈なあたりが3本くらい。高須さん、テレーロも。

▼杉内は9回2死から四球を与え完全試合を逃した。9回2死から完全試合を逃したのは62年村田(国鉄)以来4人目(他に50年阪神田宮、52年巨人別所、62年国鉄村田)。また延長で西口(西武)が05年6月27日楽天戦で9回まで完全に抑えた例があるが(延長10回先頭打者の沖原に初安打許す)、過去はいずれも被安打で快挙をフイにしており、ノーヒットノーラン達成は杉内だけ。

▼杉内が今年4月6日の前田健(広島)以来、プロ野球75人目(86度目)のノーヒットノーランを達成した。巨人の投手では94年の槙原(完全試合)以来18年ぶり11人目。許した走者1人だけで完封した「準完全試合」は09年8月5日オリックス戦の藤原(楽天)以来で、プロ野球44度目。四死球を何個出してもよいノーヒットノーランより準完全の方が少ない。

▼杉内は交流戦通算21勝目を挙げ最多の和田(ソフトバンク=22勝)へあと1。通算53度目の2ケタ奪三振はダルビッシュ(日本ハム)を抜き歴代単独5位。

▼杉内は今月4日の阪神戦で1安打完封勝利。月間でノーヒットノーランと1安打完封勝利を記録したのは41年7月の中尾輝三(巨人)55年6月の大津守(西鉄)71年8月の藤本和宏(広島)同9月の鈴木啓示(近鉄)87年8月の近藤真一(中日)に次いで25年ぶり6人目。

◆甲子園とプロでノーヒッター 杉内は鹿児島実時代に98年夏の甲子園でノーヒットノーランを達成した。甲子園のノーヒットノーランは春の大会でダルビッシュ(東北)ら12人、夏の大会で松坂(横浜)ら22人(23度)が記録しているが、プロでも達成したのは杉内が初めて。

※記録、表記などは当時のもの。