新型コロナウイルスの影響で中止になった「夏の甲子園」のかわりに、全国各地で「独自大会」が開催されています。それを取材して気づくのは、元プロ野球の選手が大勢、高校野球の監督に就任していることでした。ひところに比べてプロとアマ球界、中でも高校との「垣根」が低くなったことが、その要因だと言えそうです。2013年(平25)にできた「学生野球資格回復研修制度」が、大きく関係していました。【玉置肇】

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私が取材で会った「元プロ監督」は、茨城の水戸啓明・紀藤(きとう)真琴監督(55)。現役時代は広島、中日、楽天で投手でした。

ほかに日刊スポーツの記事で目にしたのが、ダイエー(現ソフトバンク)、西武、阪神で外野手だった佐々木誠さん(54)が鹿児島城西(じょうせい)。元阪神の投手、遠山昭治さん(53)が浪速(大阪)、日本ハムで投手だった芝草宇宙(ひろし)さん(50)が帝京長岡(新潟)で、それぞれ監督に就いています。全国で20人ほどの元プロが高校野球の指導者になっているようです。

この傾向は、ある「制度」の創設を境に、増加したと言えます。

それが、13年から始まった「学生野球資格回復研修制度」です。

プロ野球の選手や指導者、スタッフになった人は、それが日本国内のプロであっても、外国のプロ(米国のメジャーなど)であっても学生野球資格を失い、学生(高校生、大学生)を指導することができなくなります。このため、プロを辞めた人が高校野球の指導者になるには、教員資格を取得し、2年間教員として勤務すれば許可されていました。先ごろ東西東京大会の優勝チーム同士が戦い、「東京王者」に輝いた東海大菅生(すがお=西東京)・若林弘泰監督(54=元中日投手)はこのパターンで高校球界に転身しました。

さて、この「資格回復研修」を受け、日本学生野球協会(日本高等学校野球連盟=高野連=と全日本大学野球連盟を傘下におく組織)で資格回復を認められれば、各地区の高野連への登録を経て学生を指導できることになりました。同時に「教員歴2年」の規定も撤廃されました。つまり、教員を「経由」しなくても、指導者への道が開かれたのです。

「研修」は、毎年12月中旬に3日間、東京で開催されます。初日は日本のプロ野球を管轄する「NPB(日本野球機構)プロ研修会」。ここでは、「プロ・アマの歴史」「新人選手の獲得ルール」「指導者の役割」「けが予防」などの講義を受けます。小テストも行われます。

2、3日目はアマ側の「学生野球研修会」が実施され、「部活動の位置付けと学校長の権限」「留意すべき教育的配慮の事例」「安全管理」などの講義を受けます。リポート提出も課されます。

3日間を終えれば、修了証が交付され、学生野球資格回復審査委員会に申請できます。この委員会が認定してくれれば、各都道府県の高野連や各大学連盟に指導者登録することで、いよいよ学生を指導できることになります。登録は自身の出身地やゆかりのある県に限らず、全国の高校野球連盟に登録できます。

昨年の研修には、元大リーガーのイチローさん(46)も参加して話題になりました。イチローさんも、この研修会を経て学生野球資格回復を認められ、学生野球の指導者になることができるようになりました。

また、昨年の研修から、プロOBだけでなく、球団在籍中の現役の監督やコーチ、スタッフも受講可能となりました。研修終了有効期間は5年間で、受講しておくことで退団後はすぐに資格回復を目指せるのです。

昨年の場合、研修会を経て、日本学生野球協会から資格回復を認定されたプロ野球経験者は68人いました。資格は得ても、これだけ多くの経験者が各都道府県の高野連に登録するわけですから、競争率は厳しいといえるでしょう。

プロOBが高校野球の指導者に就く例が増えていることについて、アマ野球担当記者の1人は、こう話しています。「プロ出身者は新聞記事になりやすく、一気に増えたように見えるのでは? 急増というより、資格回復制度ができて以降、ジワジワ増えているように思います」。今後も、増えそうな気配です。

◆プロ・アマ交流の歴史

以前、プロと高校野球の関係は悪い状態でした。というのも、1961年(昭36)、プロ野球の中日が社会人野球の柳川福三外野手(日本生命)と強引に契約する「柳川事件」や、大分・高田商の門岡信行投手が甲子園敗戦直後に中日入りを表明した「門岡事件」が起きました。どちらも、プロ側の過熱したスカウト活動が表面化した例で、アマ側が不信感を強め、社会人野球がプロとの断絶を表明。日本学生野球協会も同調するに至ります。

こうして悪化した関係ですが、長い時間をかけて徐々に回復していきます。84年には、教員勤務歴(この時は10年)を持つプロOBが高校監督として許可されます。元プロ監督第1号は、瀬戸内(広島)に就任した元東映の後原富(せどはら・ひさし)さん。

この教員勤務歴はその後、5年、さらに2年に短縮されました。05年には元プロの大学監督就任が可能に。また、現役プロの母校を使った自主トレが解禁となるなど、プロとアマの関係は改善されてきています。

◆玉置肇(たまき・はじむ) 83年入社以来20年以上、主にプロ野球の取材にかかわる。94年(平6)には長嶋巨人の「10・8」最終決戦を取材。その経験を買われ? 当欄では野球のほかスポーツ関連の記事、用語などについて説明します。7、8月は、高校野球の地方大会に替わる独自大会を取材に各地を回っています。