巨人岩隈久志投手(39)が、今季限りで現役引退する。

日米通算170勝。マリナーズ時代の15年にはノーヒットノーランを達成した。日本球界で最も高い制球力を誇る投手として、いかんなく投球術を発揮した。

冷静沈着なイメージが強いが、ときに見せる気迫に鬼気迫るものがあり、相手を圧倒した。精密機械が披露した力勝負を復刻する。(所属、年齢など当時)

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<ソフトバンク1-2楽天>◇11年4月19日◇福岡ヤフードーム

楽天がソフトバンクとの延長戦を制し、首位をキープした。先発岩隈久志投手(30)が9回5安打1失点、120球を投げて10奪三振の熱投。1-1の10回1死二塁から松井稼が左中間へ勝ち越し二塁打を放った。西武も敗れ、パ・リーグで貯金があるのは楽天だけ。星野監督にとっては、いずれもリーグ優勝した99年中日、03年阪神時代に続く縁起のいいデータ。この勢いはホンモノだ!

 

現在の日本プロ野球界で最も高い制球技術を誇る投手と、最も遠くへ打球を飛ばす打者のしのぎ合いだった。同点の9回1死、岩隈とカブレラの攻防。エースは「ホームランで試合が終わる」と腹をくくり、大きく息をつくと、バットを抱え込む4番に向かった。

外角直球でカウント0-2と追い込んだ。カブレラがここから食らい付いてくる。スライダー、つり球、フォークボール。芯を食ったらジ・エンドの「マン振り」。4球ファウルでカーブを1球挟み、145キロをファウルされた後の9球目だった。

嶋のサインに4度首を振り、1度マウンドを外し、さらに3度振った。「悔いを残さないように。振らせるつもりで」選択したのは代名詞のフォークボールだった。

外角低めいっぱいに落とし込んだ。制球力を信頼しきっている嶋はミットを上から出し、収めた。続く松中もフォークを振らせた。連続空振り三振で9回を締めた。「相手もエースだし1点勝負。集中できた」と120球に納得し「みんなでもぎ取った1勝。本当にうれしい」と打線を立てたのが岩隈らしかった。

岩隈VSカブレラ。死闘はベンチに浸透した。星野監督はベンチで「低く、低くだ」と目いっぱいのジェスチャーでバッテリーを鼓舞。9回を投げ抜いた瞬間、「点取ってやらんか!」と怒号を飛ばした。勝ちどきをあげ引き揚げてくる岩隈を「クマ、ナイスピッチング!」と迎え、大きな右手で強く強く握手した。

手を握ることを大切にしている。42年前の感触を、星野監督は忘れない。

中日のルーキー時代。KO翌日の志願登板も途中降板した。青年星野仙一はロッカーで腰かけ、うなだれていた。視線の先からぬうっと、右手が出てきた。一瞬何のことか分からなかった。顔を上げると水原監督がいた。「気持ちが入ってた。お前みたいな選手がこのチームに必要なんだ」。この握手で「プロの世界でやっていける。監督を男にしたい」と誓った。

最速146キロ。開幕から1週間で4キロ増。星野監督は「開幕戦の3倍くらい、真っすぐに力があった。これだけの打線を、9回までビッシリ抑えた」と評した。無四球10K。岩隈の闘争心に若き自分を重ね、この日の楽天ナインでただ1人、握手で迎えた。【宮下敬至】