日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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阪神沖縄キャンプは、初日の午前中から「全員ノック」のメニューが加わった。シートノック後、内外野が3カ所に分かれての守備練習が課せられた。新監督の岡田彰布にとって08年以来、15年ぶり古巣での春季キャンプだ。リーグワーストの守備力からの脱却を狙う意図が伝わってきた。

刷新されたコーチの動きに興味が湧いた。2軍から平田勝男ら3人、スコアラーの1人が配置転換、新入団が3人で、新生チームがスタートを切った。

そこでウオッチングを試みたのは、打撃コーチの今岡真訪の姿だ。背番号77。言わずと知れた03年、05年のVメンバーで、岡田の愛弟子といえる存在だ。

ロッテで選手兼任、打撃・守備コーチ、2軍監督、1軍ヘッドコーチの当時から、キャンプの区切りには必ずこの人の指導者としての出発を見てきたものとして視線を送り続ける。

03年首位打者、05年は147打点で打点王。“ミスタータイガース”の藤村富美男(146打点)の記録を塗り替えた。小鶴誠(松竹 161打点)、ローズ(横浜 153打点)に次ぐ歴代3位だ。

人は彼を「天才」と持ち上げたが、拙者が知る限り、本人には全くその認識がない。周囲が「名選手」と評価しても乗ってこない不思議な人だ。

バックヤードで直接指導を施していては分からないが、ネット裏からみていて午前中に動きがあったのは、今岡のもとに寄ってきた大山と会話を交わしたぐらいだった。

岡田と打撃について話を始めたのは、おそらく練習を終えた佐藤輝のことだろう。その後もじっくりと全員の打撃をチェックし続けたのは現状把握に務めたかったからだろう。

現役時代の打撃スタイルが“型破り”と表現されることがある。しかし、日本の伝統芸能である歌舞伎の世界にたとえると、それは「型」があるからこその比喩のようだ。

歌舞伎界を支え続けた十八代目・中村勘三郎は「型破りってのは、型があるから型破り。型がないのは“形無し”なんだ」と語ったという。

年末年始は歌舞伎の観劇に明け暮れ、今年は中村座にも駆けつけようとも思っている。名優だった勘三郎もまた「天才」と称されたことを思い出しながらじっくり考えていた。

つまり、あれだけ打ちまくった今岡への評価は“型”を持っているからこそのものだろう。その引き出しを古巣の指導者として発揮する時機が訪れたということだ。

午後の個別練習になって、今岡は動いた。トスボールを上げだしたのだ。佐藤輝、高山らに。それは何かを感じながら1球、1球を丁寧に上げているようにもうかがえた。

オフに1度だけ取材する機会があった。「岡田さんを男にしたいです」。偽らざる気持ちだろう。若いチームだけに一新された各担当コーチの指導力は腕の見せどころだ。

おそらく今岡はグラウンドに“台本”を持ち込まず、真っ白な心境でキャンプに臨んだに違いない。それが静かな船出に表れたように映った初日だった。(敬称略)