オリックス森友哉捕手(28)が日刊スポーツに手記を寄せ、FA加入1年目の思いを激白した。

オリックスジュニアで優勝を経験し、大阪桐蔭で2年の正捕手として12年に甲子園春夏連覇。西武時代の18、19年リーグ連覇を経て、地元で歓喜の瞬間を迎えた。吉田正尚外野手(30=レッドソックス)の抜けた打線で持ち前の勝負強さを発揮。「いろんな挫折はあるけど、挫折ごとに強くなっていければいい」というプロ野球人としての信条で、2023年Vの立役者になった。【聞き手=堀まどか、磯綾乃】

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気持ちいいなあ。みんなの笑顔、最高やな。中嶋監督や先輩がた、同級生のワカ(若月)や山岡、石川亮、後輩たち…。一緒に笑えて幸せやなあと思えました。

昨年まで西武の選手だったぼくにとって、オリックスは対戦するのが一番いやなチームでした。勝っても負けても、変わらない。雰囲気がいい。その中心にいる中嶋監督のもとで野球をやりたい、というのも入団への動機の1つでした。

最初は怖い人かなと思っていたけど、今は「すごい」としか思えない。スキがなくて、いろんなものをしっかり見ておられて、選手ファースト。選手が試合に入るのにベストな状態をつくってくれる。5月に右足のケガで離脱したとき、自分は「行きます」って言ったけれど「今は無理するときじゃない。長引かれた方が困る」と言われました。的確に判断していただいて、今があります。

大阪桐蔭を卒業したら、社会人野球に進むつもりでした。でも進路相談で西谷先生(浩一監督)に話したら「あかん」と一喝。「親御さんに迷惑かけたんやろ」と言われました。

中学時代は遊んで、何度も野球から離れかけました。本気で叱ってくれたのが、おやじでした。おやじの説得がなかったら、たぶん中学で野球をやめていました。ボロカス言われて、しばかれて、アホ! とどなられて、何度も何度もぶつかった。でも最後に「お前の頑張ってる姿を見たいんや。頑張ってくれ」って言われました。優しい声でした。

ちっちゃいときから一緒に練習して、野球選手としての土台も作ってくれたのはおやじ。「親孝行せな、あかんやろ」と西谷先生に言われて、もう腹くくってプロ野球選手になるぞ、と思いました。恩返しはまだまだ足りてない。うまくいかないことは、いっぱいあります。

昨年の4月2日には、試合に負けて自分にイラついて、ロッカーでマスクを投げてしまって右手の指を骨折しました。そのときは親友にキレられました。大阪桐蔭の同級生の久米(健夫)です。同じ捕手で、3年のときは一緒にチームのこと考えて、今はトレーナーとして支えてくれています。その親友に「ミスは誰にでもあるから、同じミスをせんかったらいい。野球選手でも、何かを殴って骨折する人はいる。ただし、2回同じことをする人はおれへんで」と言われた。その言葉にも支えられて、前に進んで来られた。

家族や恩師、親友や歴代のチームメート。出会いへの感謝はつきません。新天地で、人見知りなぼくのために同級生が食事会も開いてくれた。みんなに助けられ、プロ野球2回目みたいなスタートを切ることができました。納得いく成績は残せていません。でも少しでも貢献できたのかなと考えると、今年1年頑張って良かった。正直、いろんな挫折はありますが、挫折ごとに強くなっていければいいなと思っています。(オリックス捕手)

◆森友哉(もり・ともや)1995年(平7)8月8日生まれ、大阪府出身。大阪桐蔭では甲子園に春夏合わせ4度出場し、2年時に春夏連覇。13年のドラフト1位で西武入り。19年には打率3割2分9厘で首位打者となり、MVPを受賞した。22年オフにFA権を行使し、オリックスへ移籍。メジャーへ移籍した吉田正尚に代わる左の主砲として、3連覇の立役者となった。170センチ、85キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸は2億1000万円。