阪神佐藤輝明内野手(26)が、両リーグ単独トップの16号ダメ押しソロで通算100号を達成した。敵地日本ハム戦で、4点リードの8回に3番手福谷から2戦連発となる右越えの特大アーチ。セパ首位対決となった交流戦のカード勝ち越し発進&最多タイの貯金11に貢献した。プロ5年目での到達は、田淵幸一に並ぶ球団最速タイ。阪神OB新庄監督の前でスーパースター継承を猛アピールだ。
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節目の1発にふさわしい放物線だった。佐藤輝が右翼上段にたたき込んだプロ通算100号。ベンチに戻り、祝福を受けて初めて大台に気がついた。記念のボードを持って一塁ベンチ前へ。エスコンフィールド中から送られる拍手や大歓声に感謝し、全方向に丁寧に頭を下げた。
「本当に100号と全然意識していなかった。歓声と拍手で実感が湧いたので。ありがたいと思います」
4-0の8回先頭。1ストライクから、福谷の128キロスライダーを完璧に振り抜いた。前夜の2本塁打で王手をかけ、2戦連発となる両リーグ最速の16号ソロで一気にクリア。プロ5年目での到達は田淵幸一と並ぶ球団最速記録だ。
今や球界屈指の「飛ばし屋」。ホームランへの魅力を感じたきっかけは、至ってシンプルだった。「小さい時から打てていたので」。小学1年生時に西宮市の「甲東ブルーサンダース」に入団。当時の野球では「ゴロを転がせ」「フライを上げるな」といった教えが主流だった。その中で同チームで受けた指導が、今にもつながる原点になった。
「そういう(ゴロを転がせという)指導はなかった。環境に恵まれていたんじゃないですかね」
教えられたのは「空に向かって打て」という意識。打球を遠くへ飛ばすという、野球の根本的な魅力を教わった。フルスイングをモットーに、空振り三振もOK。外野フライでアウトになっても、飛ばしたことをほめられた。指導した高嶋年之代表(61)は「野球を楽しんでほしかった。大胆なダイナミックな野球を軸にしたので」と明かす。願った通りの豪快なスラッガーに成長した。
佐藤輝が小6時に記録した年間23本塁打は、いまもチームの歴代最高記録。両親からのご褒美だった「おすし」を楽しみに、何度も小学校の校舎にホームランをぶち当てた。飛ばすことを楽しんだ少年時代が、アーチストとしての原点だ。
注目を集めた新庄日本ハムとのセパ首位対決で交流戦勝ち越し発進を決め、貯金を今季最多タイの11に伸ばした。藤川監督は「非常に心の安定といいますか。1球1球に対する姿勢が常に同じところが、安定したパフォーマンスにつながっている」と絶賛。佐藤輝も「また明日から新しい気持ちで頑張りたい」と引き締めた。6日からはパ2位のオリックス3連戦。虎の主砲が関西対決でも進化を見せつける。【波部俊之介】
▽佐藤輝の恩師で近大元監督の田中秀昌氏 飛ばす力は持って生まれたものと、本人の努力のたまもの。(100本塁打は)間違いなく達成できると思っていましたし、佐藤の力ならまだまだ通過点。もっと進化できると思います。大きな好不調の波をできるだけなくして、これからちゃいますか。
▼阪神佐藤輝が日本ハム3回戦(エスコンフィールド)の8回、福谷から今季16号本塁打を放ち、プロ野球310人目の通算100本塁打に到達した。初本塁打は21年3月27日のヤクルト2回戦(神宮)で田口から。佐藤輝はプロ5年目で達成。日本人選手では61年長嶋(巨人)、21年村上(ヤクルト)ら9人が4年目に達成しているが、阪神で5年目は73年田淵に並ぶ球団最速記録。
▼575試合目での到達は球団の日本人選手では田淵(424試合)、掛布(553試合)に次ぎ3番目の速さ。年齢でも、掛布23歳11カ月、藤田平24歳11カ月に次いで、26歳2カ月の佐藤輝は3番目。田淵は通算474本、掛布は349本のアーチを積み重ねたが、佐藤輝はこの先どこまで本数を伸ばすか。



