甲子園で夏の高校野球がクライマックスに近づいている頃、徳島・阿南市に日本も含めアジア7カ国の子供たちが集結していた。澄み切った青空の下、30チーム、約400人がグラウンドを駆け回る。8月16日から18日の3日間、ティーボールのアジア大会が開催されていたのだ。2つの大会がトーナメント形式で進められ、1つの大会でモンゴルチーム同士が決勝を戦っていたから驚いた。
ティーボールとは野球に似たスポーツ。投手はおらず、打撃用ティーの上に置いたボールを打者が打つところからプレーが始まる。もともとは米国発祥のスポーツなのだが、現在アジア各国に広まっているのは日本式ティーボール。日本式を考案した早大名誉教授で日本ティーボール協会理事長(アジア連盟会長)の吉村正さんは「小学校の必修科目にもなっているんですよ」と笑顔で紹介してくれた。
米国式は硬式球を硬式バットで打つという。一方、日本式は硬式球と硬式バットを使わない。安全性が保たれていることもあって、今大会には小学生低学年どころか幼稚園児まで参加していた。国際交流と子供たちの健全育成などを目的とする同大会は、熱中症対策のため全試合2イニング制。選手は皆、喜々としてバットを振り抜き、ボールを追っていた。
実は今、この日本式ティーボールがモンゴルで急速に広まっているらしい。アジアティーボール連盟の副会長で在徳島モンゴル国名誉領事でもある河内志郎さんが理由を説明してくれた。
「ティーボールには投手がいません。野球で一番難しいところを省いたスポーツがティーボールなのです。野球で一番難しいところは、投手がストライクを投げないと相手が打てないこと。それをなくしているから分かりやすくてゲームのスピードも速いわけです」
河内さんは以前、北京で野球の試合を目にした。20年超に渡る野球の歴史がある中国でも「なかなかストライクが入らずゲームが進んでいなかった」という。確かに、幼少期の子供たちがストライクを投げ続けるのは簡単ではない。一方、ティーボールは置いてあるボールを打てばプレーが始まる。ティーボールであれば、まだ野球が普及していないアジアの子供たちにも楽しんでもらえるのではないか-。そんな思いがアジア各国で徐々に形になってきているようだ。
河内さんによれば、モンゴルにティーボールが持ち込まれたのは2、3年前。日本とモンゴルの外交樹立50周年記念イベントとしてティーボールを提案したところ、一気に普及している。実際、今回のアジア大会には5チームが参加。こども家庭庁長官杯、スポーツ庁長官杯争奪の2大会のうち、こども家庭庁長官杯ではモンゴルの2チームが決勝を戦った。モンゴル国内ではティーボール関連の講習会も開かれており、すでに大統領杯なる全国大会も開催されているそうだ。
「モンゴルの選手たちは一気に上手になっています。身体能力が高くて、打ったら大体ホームランですから。もちろんティーボールは教育の一環となる団体競技としてモンゴルやベトナムでも広まっているのですが、そのうち能力に目覚める選手が出てくる。そうなると、野球をしたいという選手も必ず出てくるはずですし、いずれはプロ野球選手が出てくれたらいいですよね。自国でスーパースターが1人出てきたら、もう理屈抜きに野球がはやるでしょうから」
河内さんの言葉は次第に熱を帯びた。
日本では現在、野球人口の減少を心配する声が強まっている。NPBも含めて各団体が野球振興に力を入れ続ける中、小さな子供たちにボールを打つ楽しさを教えられるティーボールの価値は今後さらに高まっていくかもしれない。
日本球界では王貞治氏を代表とする「球心会」が今年5月23日に設立された。子供たちに夢と希望を与える世界的ヒーローが野球界・スポーツ界から生まれ続ける未来をつくる取り組み「BEYOND OH! PROJECT」を推進していく中、日本ティーボール協会理事長の吉村さんも王氏とタッグを組む1人だ。吉村さんは「王さんにも非常にご理解をいただいています」と感謝する。
今回のアジア大会には日本のほか、参加チームが多い順にモンゴル、中国、タイ、韓国、台湾、ベトナムの子供たちが参加した。今回までは2年連続で「野球のまち推進課」がある徳島・阿南市で開催されたが、現時点で26年は中国、27年はモンゴル、28年はベトナム、29年は韓国で開催される予定。アジア各国でティーボールの普及が加速する可能性は大いにある。
大会中には四国ILリーグの試合観戦、同リーグ徳島の選手による野球教室も開催され、子供たちは目を輝かせて独立リーガーたちの一挙手一投足を追い続けていた。日本国内のみならず、アジアから世界に広がりを見せそうなティーボール。野球人口減少に歯止めをかけたい球界関係者たちにとって、カギを握るスポーツの1つと言えそうだ。【野球デスク=佐井陽介】



