今の日本をダメにしているのは「学歴社会」だ。その弊害がゆがみを生み出し、生きにくい世の中を形成してしまっている。本当の実力を知ることもなく、気がつけば偏差値という偏った点数により能力を決めつけられてしまっている。偏差値の計算方法や精度を完璧に理解している人はこの世の中に多くはいないと思う。そんな中で皆、その数値を当たり前のように受け入れ、進路などその後の生き方を大きく左右するような場でも人生を託してきてしまったのではないだろうか。

そんな中、格闘界にはRIZINの朝倉未来、海兄弟がアンバサダーを務める「Breaking Down」という企画が突如として現れ、話題を呼んでいる。試合は1分1ラウンド。出場者は皆、自分を有名にしたり、影響力を持ったり、欲望のままに一切の駆け引きなく自分をさらけ出しているように感じる。

そこに肩書や学歴などは必要ない。知識も計算もいらない。格闘技大会ではあるが、もはや格闘技としての実力もあまりいらない。必要なのはパッションだけ。単純で動物のような企画だが、多くの人に影響を与えているのは間違いない。

少なからず、僕もオーディションは全て見た(試合もYouTubeにあがってから見ると思うけど)。僕らは自分の人生の判断基準を何で決めているだろうか。高校進学での決め手は大半の人が偏差値だろう。就職はきっと給与だろう。中にはやりたいことを決め手にしている人もいるだろうが、どこかで数値化できるものを決め手として捉えてはいないだろうか。僕はこれが学歴社会の弊害が生み出したゆがみだと思う。

本当の実力が分からず、やる気は無理やり作り出され、情熱を燃やす場もわからない。自分の人生なのに、どこかで誰かの答えを探し、どこかで誰かの指示を待っている。自分の人生に他人からの答えは必要ないし、指示なんて出される方が窮屈なはずなのに…。与えられた基準に人生を当てはめることの危険性をどこかで分かりながら自分を解放することができないのだ。

Breaking Downはそんな学歴社会に真っ向から抗っている。これが格闘技となると情熱だけではどうにもならないが、この大会の場合は実力がなくても情熱さえあればバズる可能性があり、その結果、影響力を持つことができる。そんな姿を視聴者はうらやましく思うのではないだろうか。

いい意味で何も考えず、ほえて、ほえて、ほえまくればひとつの形にはなる。自分たちが会社でしたくても、上司の目や同僚のささやきが邪魔をする。そんな世界とは無縁のBreaking Down。言っていることはめちゃくちゃでも、どこか輝いて見えるのではないだろうか。

そしてこの大会のすごいところは誰でもそうなれるという可能性を与えてくれるところ。弱くても、学歴がなくても、犯罪を犯した過去があったとしても、あの場では輝ける可能性がある。そこも魅力のひとつなんだと思う。

ただ、ひとつだけ僕が賛同できないことがある。それはこれが格闘技ではなく、けんかだと言うが、僕から言わせればただの暴力という点だ。暴力が生み出すものは100年先に残る何かにはならない。「100年先のことなど誰も考えるわけないだろ」と言われそうだが、その思考が今だけ良ければいい、自分さえ良ければいいという思考と同一化し、寂しい人間を作り出してしまうのだ。

未来を見て今を生きているのではなく、今言いたいことを言っているだけなので、言葉としては響いていない。情熱が生み出す行動は多くの人に興味を持たせるが、本当の意味で未来のために何かを起こしているかという部分では疑問だ。 もちろん、良いか悪いかという二極的な考えではなく、今の社会に必要な要素としては非常に大きな影響力があるが、それだけで何かが変わるわけではない。「暴力を許さない」という今の世の中において、完全にただの「暴力」になっている部分もある。

Breaking Downを見て、何を届けたいのか、がわかる出場者は今のところ1人もいない。ただ「殺したい」や「殴りたい」…。そういうことがメインになるようでは本当はいけないのではないかと感じる。大事なのは「自分らしい人生」を取り返し、「楽しい生き方」を実践することにある。

安倍元首相の死からまだ1カ月もたっていない。格闘ではなく「暴力」をイメージさせてしまうことをメインにするのではなく、自分らしい人生を生きるために、情熱を注ぎ、思ったことを表現していく素晴らしさをBreaking Downには伝えてもらいたい。

僕が格闘技を選んだのは格闘技に芸術的側面を見いだしたからだ。これからも挑戦者としてRIZIN出場やYA-MAN選手との対戦を実現させていこうと全力で挑んでいくが、それ以上に伝えたいことがある。

自分の人生のジャイアントキリングを起こせ!

誰だって自分の思うように、好きなように生きていいんだ。誰かの何かに縛られることなく、自分の中に答えを見つけて、それを表現していくことに幸せを感じられるようになる。自分らしい人生を見つけていこう。人生は挑戦の連続で輝きを増していく。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューし、同大会4連勝中。22年2月16日にRISEでプロデビュー。6月24日のRISE159勝利し、プロ2連勝とした。175センチ、74キロ。