オカダが日曜6時の男になる。新日本プロレスの「レインメーカー」ことオカダ・カズチカ(32)の初冠ラジオ番組「オカダ・カズチカ SUNDAY RAINMAKER」(TOKYO FM毎週日曜午前6時~同30分)が5日、始まった。念願の冠番組スタートに合わせ、ラジオの魅力、番組の展望を語ってもらった。
プロレスの人気選手オカダの初ラジオ番組が始まった。放送時間は日曜朝6時から30分。夜のイメージが強いプロレスラーには縁のない時間に思えるが、オカダはそこに価値と新鮮さを見いだしている。
「正直、自分たちプロレスラーは日曜の朝にあまり関係がない人間。自分も平日、休日関係ない生活をしている。だからこそ、これを機に日曜の朝の大事さを知りたいし、日曜を充実させようと思っている方々に元気になってもらえる番組にしたい」
番組内では、オカダおなじみの「3つ言わせてください」のマイクパフォーマンスにちなみ「Sunday Morning Three」と題したコーナーを設け、3つのテーマを軸にトークを展開。「週刊プロレスニュース」コーナーでは、プロレスの見方や最新ニュースなどを易しく伝える。初回放送は自己紹介が中心。2回目では母富子さんとのほっこり電話トークを届ける予定だ。
今後ゲストを呼ぶことも検討中だが、あえてプロレスラーはNGにする。「レスラーだと、ぼそぼそ話したり、滑舌が悪かったり、朝向きな人はいないと思うので(笑い)、はきはき話せる、さわやかな声の人に来てほしいですね」。朝にふさわしく、さわやかな番組作りを心がける。
オカダが、ラジオにはまったのはここ数年のこと。それまでは暇があれば動画サイトやテレビを楽しむことが多かったが、釣りに出かける車中、家で過ごす時に何げなくラジオをつけるようになり、その気軽さ、豊かさに気付いた。「話をするだけでこんなに面白いことがあるんだ、と思いました。ぷぷっと笑っちゃうことがよくあります。運転中はテレビも見られないし、本も読めない。それでもラジオを聴けば面白い情報や話、知らない曲や、交通情報も流れたりする。すごくいいんです。最近は家にいる時もラジオをかけることが増えてきました」。
自分が世界を広げることができた分、ラジオ離れの人が聴くきっかけを作りたいと願う。「自分をきっかけにラジオっていいんだな、って知ってもらいたい。それはプロレスと一緒です。プロレスを多くの人に届けたいと思うのと同様に、ラジオの良さを知ってもらいたい」。ラジオもプロレスも古くから愛され続けるエンターテインメント。自分の番組を通して、相乗効果を狙う。
本業のプロレスでは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で1カ月以上試合ができない状態が続く。その中でもオカダは前向きの姿勢を崩さない。「いつでも試合ができるように準備はしている。また、いつもできない体のケアに時間を使えています。痛めているところも長い間休まないと治らない。だから、プラスにとらえています。試合が再開できた時に、オカダ、コンディションいいじゃん、って見てもらえるように整えていきます」。
世界中で外出が制限される今だからこそ、家の中で楽しめるラジオの価値は大きい。「自粛で外出もできないかもしれないけど、朝から笑わせてもらった、元気もらった、きょうも家の中でできることやってこう、掃除しよう、こんな時でもそう思って、楽しんでもらえる番組にしたい。2020年はコロナの年じゃない。2020はオカダのラジオが始まった年。新日本プロレスの年。そうこれから持っていくんです。ワールドプロレスリングに負けないぐらいの長寿番組に…って、あれは50年やってましたっけ?(笑い)。とにかく長く続けられるようがんばります」。【高場泉穂】
◆オカダ・カズチカ 本名岡田和睦。1987年(昭62)11月8日、愛知県安城市生まれ。中学校卒業後にメキシコにあるプロレスラー養成学校闘龍門に入門し、04年8月にメキシコでデビュー。07年8月に新日本プロレス入り。12年2月には棚橋を下し、初めてIWGPヘビー級王座を獲得。同年8月、初出場のG1クライマックスで史上最年少優勝。IWGPヘビー級は第57、59、63、65、69代王者で通算29度の最多防衛記録を持つ。65代王者として12度の防衛も1代では最多。得意技はレインメーカー。191センチ、107キロ。
◆プロレスラーの主なラジオ冠番組 アントニオ猪木は、過去にニッポン放送「アントニオ猪木 闘魂・ザ・ワールド」、FMヨコハマ「日曜夜は馬鹿になれ 847ダー!!」など数番組を経験。武藤敬司は、96年に文化放送で「武藤敬司の喝!」を担当していた。