「どこまでが暴力とかパワハラなの? オレ、外国人だから、微妙なところが分からないよ」。先日、ある外国人力士が、本気で悩んでいた。その力士によると、稽古場で厳しい言葉を用いて弟弟子に胸を出した後、師匠から「あの言葉は暴力になるから気を付けろ」と、注意されたという。その力士は「もちろん『殺すぞ』は良くないと思う。でも『死ぬ気でやれ』は?」とさらに質問。総合すると「死にものぐるいでやれ」という意味で「殺すぞ」に近い言葉を用いたようだった。

日本人同士でさえ、ちょっとした言葉遣いで誤解が生まれる。ましてや外国人、しかも少なからずアドレナリンが分泌している稽古中に、微妙なニュアンスをすべて理解しろというのも酷な話。何よりも受け取り方次第で、稽古をつけてくれているとも、パワハラとも取られてしまう。その外国人力士は「もしかしたら弟弟子に『自転車貸して』と言っただけでも、パワハラになるかもしれない。そうなると何も話せないよ」と、兄弟子からの圧力と受け取られることを懸念していた。

暴力やパワハラに厳格になった社会情勢、外国出身力士が増えた現状をふまえ、日本相撲協会は「大相撲の継承発展を考える有識者会議」を発足させた。昨年、暴力問題再発防止検討委員会から、外部有識者による協議を要請されてできた組織で、6月21日に第1回の会合が開かれた。メンバーにはプロ野球ソフトバンク会長の王貞治氏、歌舞伎俳優の松本白鸚氏、作家の阿刀田高氏、女優の紺野美沙子氏らが名を連ねる。この会議では、日々の言動に悩んでいた外国人力士が懸念していたようなことの先にある、相撲界全体が進むべき道、外国出身力士への指導などについて話し合うとされている。

王氏は「昔は通っていたことが今は通らない。現役の人は大変だけど、そういう時代に生きていることを理解した上で、自分だけの問題ではないと考えてもらいたい」と話した。厳しすぎる言動を用いての指導がまかり通らなくなっている、親方衆や力士の苦労に理解を示しつつ、1人1人が自覚と責任感を持つことの重要性を説いた。

阿刀田氏は2時間余りの第1回の会合を終え「相撲が21世紀にどういう形で世界的に広がりを持っていくか、曲がり角の局面を迎えているのは間違いない。ただ、困ったなというのが本音」と、テーマが壮大すぎて、まだ最終形が見えない心境を吐露した。紺野氏も「想像していたより大変そうです。有識者会議で決めなくてはいけないことが、あまりにも大きくてどこまで貢献できるか。正直、責任の重さと不安を感じています」と、同様の心境を語っていた。

会議で外国出身力士への指導について指針を示しても、現場レベルに浸透するまでには時間が必要だ。しかも、会議では外国出身力士への指導までは決めたとしても「『自転車貸して』もパワハラ?」といった、日々の個別のケースまで解決されるわけではない。外国人を「補強」という形で、完成された選手を招く、野球やサッカーのような他のプロスポーツとは違い、同じ「新弟子」としてスタートラインに立つ大相撲。今後、高齢化が進む日本社会は、介護の現場などで、外国人を新人スタッフとして多く招き入れる可能性が高い。相撲界の方向性を決めるまでの道筋は壮大すぎるかもしれないが、何げない現場の声に耳を傾けることが近道のような気がする。それが、日本社会がたどるべき道筋のヒントになる日が来るかもしれない。

【高田文太】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)