王者井上尚弥(22=大橋)が衝撃のKO劇で、ド派手に初防衛を果たした。昨年末の試合で右拳を負傷して以来、1年ぶりのリングで、同級1位の指名挑戦者パレナスと対戦。2回にガードの上から右のオーバーハンドを打ち込みダウンを奪うと、再開直後の左ボディーで一気に仕留めた。名王者ナルバエスから王座奪取した試合に続く2戦連続の2回KO勝ちで、あらためて異次元の強さを証明した。井上は戦績を9勝(8KO)無敗とした。

 強すぎた。井上が復活のリングで舞った。2回、右の強打でパレナスをガードごとなぎ倒すと、右拳をぐるぐる回して再開を待った。「このラウンドで仕留める」。一気にロープに詰め、今度は強烈な左ボディーを続けた。世界戦2試合連続の2回KO勝ち。わずか4分20秒の衝撃的な復活劇だった。「1年間お待たせしました。ボクシングって最高ですね。これからも誰の挑戦でも受けます」。さらりと言う姿には、すごみさえ漂った。

 歓喜のリングから観客席をぐるっと見回すと、苦しかった日々が頭をよぎった。昨年末、史上最速のプロ8戦目で2階級制覇を達成も、初回に右拳を負傷。パンチが強すぎるあまり、人さし指の根元付近にある中指骨の関節が外れた。今回の試合が終わるまでは「相手陣営に弱みを見せたくない」と公表を避けてきたが、控室に戻ると、今年3月に手術を受けていたことを明かした。

 簡単な決断ではなかった。11度防衛中の名王者ナルバエスを倒し、世界にその名を知らしめたばかり。初防衛戦の重要性は分かっていた。「ごまかしながら1試合やるか-」。5月に試合をすることも考えた。だが、同じ箇所をけがした経験を持つ内山高志にも相談し、最終的には完治を優先。3月上旬、千葉県内の病院で、ボクサーの魂である拳にメスを入れた。

 術後、パンパンに腫れた手を見て絶望した。どんな強敵でも殴り勝ってきた拳を握ることもできず、腕はみるみる痩せていった。そんな「どん底」の時期を支えてくれたのが、約7年間交際していた咲弥(さや)さん(21)だった。本格的に右手を使った練習を再開した11月、あえて重要な試合前に結婚することを決めた。「自分自身のけじめ」。ボクサー、男としての覚悟だった。

 ブランクの間に強化してきた左は以前より鋭く、力強さを増した。「1年間やってきたことは間違いじゃなかった」。控室に戻るとしみじみ言った。この日、入場時の音楽を「DEPARTURE(出発)」という曲に変えた。もう1度世界を驚かせる-。強い井上がリングに戻ってきた。【奥山将志】

 ◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年からボクシングを始める。相模原青陵高時代に史上初のアマ7冠を達成。アマ通算75勝6敗。12年7月にプロ転向。国内最速の6戦目で世界王座奪取。14年12月にWBOスーパーフライ級王座獲得し、8戦目で2階級制覇達成。家族は咲弥夫人。163センチの右ボクサーファイター。