プロレス実況の名調子が、職業人のワザと熱意を際立たせる。

NHK総合で毎週火曜日午後11時放送の「ニッポン知らなかった選手権 実況中!」は、深夜のバラエティーの中にあって、ジワジワと注目度が上がっている。

同番組は、年間100を超える大会が開催されるという企業などのコンテストにスポットを当て、その業種独自の技や職人の思いをスポーツ実況風に紹介するもの。プロレスや総合格闘技、大相撲の実況で活躍する清野茂樹アナウンサー(フリー)が、軽妙なしゃべりと独特の言葉で伝えていく30分のバラエティーだ。

9月6日放送の「第41回全日本打掛花嫁着付けコンテスト東京ブロック大会」では、化粧から打掛を着せて完成までの395工程を実況。日本髪かつらの文金高島田をつけるシーンでは「重さは590グラム、お値段は約40万円。1グラムあたり800円ですね」と細かな情報を加え「マジンガーZの頭を思い出しました」。解説者の「本当ですね」という相づちに「分かってもらえました?」。軽妙なやりとりが見ているものの笑いを誘う。

番組はNHKのスタッフがリサーチし、台本をつくり、それをもとに清野アナが実況にあったフレーズを加え、スポーツ実況風にアレンジしていく。業界用語も多く、ともすれば難しくなりがちな説明の中に、あえてプロレスのような対決構図を加えキャッチーなたとえを織り込むところに、プロレス実況アナならではの技量と瞬発力を見せた。

清野アナは「プロレスの実況をやっている人は20人ぐらいはいると思いますが、この番組には『この実況をやっているのはボクしかいない』というオンリーワンの快感がある。イコール1番になる。失敗しても自分しかいない。それが高いモチベーションになっています」と話す。

清野アナは古舘伊知郎の実況にあこがれ、広島エフエム放送をやめ上京。新日本プロレスを始め、DEEP、パンクラス、K-1に大相撲などの実況を行ってきた。中でも那須川天心の試合の実況や、親交のある講談の神田松之丞とともに「実況芸」として実況の価値を高める取り組みも行っている。

番組は21年にNHKのBSプレミアムの不定期番組として始まり、反響が大きかったことから今年7月に総合でレギュラー化。「第4回日本伐木チャンピオンシップ」「第19回包帯選手権」「第7回全日本回転寿司MVP選手権」など7本を放送。13日の「第1回全国ふぐ調理技術大会」と20日の「第45回物置組立競技会」の最終回まで残すところ2回となった。「0歳から70代まで幅広い男女に見ていただき、特に女性の視聴者が多い。反響がいいので、続編も考えています」と尾関憲一チーフプロデューサーはいう。

プロレス実況はアントニオ猪木率いる新日本プロレスの黄金期を支えた古館伊知郎の登場で脚光を浴びることになった。独特の表現や次々と比喩や時代を反映する言葉が飛び出すマシンガントークのような「過激実況」は職人芸として確立されていった。

同じように清野アナも古舘氏の後を追い、プロレスの実況が認められ、現在の地位を築いてきた。そんな中、時代の変化も感じていた。「プロレスの実況も時代が変わり、レスラーが自分のキャッチフレーズを考えて『こういうふうに言ってください』とくるようになりました。ボクらがしゃべる異名やリングネームが求められていない」。

かつて自由度が高かったプロレス実況が変化してきた時期に、番組からのオファーを受けた。企画が立ち上がったときにプロレスのトークイベントで清野アナを見かけ抜てきしたという尾関チーフプロデューサーは「伝統のプロレス実況がこの番組の中で受け継がれています」と話す。

清野アナのもとには、番組を見て、華道家による生け花の実況のオファーもきた。「続編は期待しています。奇妙な実況は楽しい。ふつうこんな実況しないだろうと人が考えるところで、それを打ち返す快感はたまらない」。新たなチャンレンジが実況アナウンサーとしての幅も広げている。【桝田朗】

◆清野茂樹(きよの・しげき)1973年(昭48)8月6日、兵庫県神戸市生まれ。青学大卒業後に広島エフエム放送に就職。その後古舘伊知郎にあこがれ、同社を退社し上京しフリーアナウンサーに。06年よりファイティングTVサムライで新日本プロレスの実況を始め、DEEP、パンクラスなどの総合格闘技を始め、K-1、米国総合格闘技の最高峰UFC、大相撲など格闘技を中心にさまざまな実況を手がける。「コブラツイストに愛をこめて 実況アナが見たプロレスの不思議な世界」(立東舎)など著作も多数。