<プロボクシング:WBA世界フェザー級タイトルマッチ12回戦>◇24日◇東京・後楽園ホール

 世界初挑戦の同級4位榎洋之(29=角海老宝石)は、王者クリス・ジョン(29=インドネシア)に0-3の判定で敗れ、王座奪取はならなかった。序盤から積極的に前に出て打ち合いを展開。だが3回から左目が腫れ、6回開始直前には完全にふさがった状態に。そこからは接近戦を挑んだが、キャリアに勝る無敗の王者のうまさにかわされ、大差の判定で涙をのんだ。

 打たれても打たれても前へと出続けた。最終12回。左目は開かず口の中も切った榎の顔は、原形をとどめないほど腫れ上がっていた。それでも「無敗」の文字をパンツに刻んだ挑戦者は猛然と王者に襲いかかっていく。壮絶な打ち合いの末の判定は大差の0-3。榎がプロ30戦目にして味わう初めての黒星だった。

 だが涙はなかった。「勝ちたかった。でも王者とやれたことが人生の宝物になった」。06年9月の東洋太平洋同級王座初防衛後は、常に「世界に最も近い男」と言われた。だがマッチメークがうまくいかず、約2年も足踏み。もともと頑固で一本気な男は、いら立ちから木内勲トレーナー(51)とつかみ合いになることも。家でも悦智子夫人(32)に当たった。しびれを切らし「(東洋太平洋)防衛戦を組んでほしい」と、世界をあきらめるようなことまで口にした。

 そんな中、やっと手にした夢の舞台。「(王者は)うまいし強いし冷静。そこらへんのボクサーじゃなかった。負けたけど…面白かった」。勝ち負けよりも世界を経験できたことを素直に喜んだ。

 これほど不器用なボクサーもいない。金足農3年時の国体では3位入賞。しかし判定に納得いかず、客席のイスを蹴り倒すなど大暴れしてアマチュア界から追放された。プロ入り後も無敗街道をばく進したが、今年5月に後輩の小堀佑介がWBA世界ライト級王座を獲得。さらに無敗同士で戦ったライバル粟生にも世界戦で先を越され「複雑」と悔しさをにじませた。

 そんなウップンを大爆発させるような試合だった。「打たれるのを前提に行った。力なく負けた。それだけ」。迷いを捨て、純粋に殴り合うことを楽しんだ。今後については「休んでから考えたい。でも、もうちょっとしたら(何くそ魂が)出てくると思う」。休養を挟み、再び闘志がわき起こる日を静かに待つ。【山田大介】