元横綱日馬富士関の傷害事件の被害者で西十両12枚目貴ノ岩(28=貴乃花)が、3場所ぶりに復帰し、初顔合わせの東十両13枚目翔猿を寄り切り、白星を飾った。東前頭9枚目だった昨年秋場所の千秋楽以来168日ぶりの出場で、ブランクを感じさせなかった。事件後、心配をかけた師匠の貴乃花親方(元横綱)の不安を吹き飛ばした。

 待ちに待った瞬間だった。東方の十両土俵入りが終わり、西方の土俵入りが始まると、3番目にしこ名を読み上げられた。「貴ノ岩。モンゴル出身。貴乃花部屋」。土俵に上がると、この日1番の拍手と声援が会場内に響き渡った。中には「また戻ろう貴ノ岩」と書かれたボードを掲げるファンもいた。歓迎ムードが会場全体を包み込んだ。

 約半年ぶりとは思えない相撲内容だった。相手は素早い動きが特徴の翔猿。加えて初顔合わせだったが、物ともしなかった。立ち合いで突き放されても冷静に見極めた。はたき込みは決まらなかったが、右にいなすと体勢を崩したのは翔猿。見逃すことなく寄り切り、秋場所11日目以来172日ぶりの白星を挙げた。

 支度部屋では表情を崩さなかった。「一生懸命やりました」「必死です」。報道陣の質問に、この言葉だけを何度も繰り返した。ただ、傷害事件で負傷した頭部の状況についての質問にだけは無言。喜びに浸ることなく、多くは語らなかった。

 プレッシャーは少なからずあった。全力士は正面入り口から会場入りするのが規則だが、貴ノ岩は人目を気にしたのか会場裏の出入り口から入った。支度部屋では、うつむき気味。ただ、土俵の上では堂々とした態度を貫いた。

 この日の朝稽古後、師匠の貴乃花親方は祈るように言った。「死力を尽くして普段の自分を超えるだけ。不安はあるでしょうけど、出ると決断した以上はそこに打ち勝たないと」。弟子は期待に応え、不安に打ち勝ち、見事な復帰を果たした。【佐々木隆史】

 ◆貴ノ岩に敗れた再十両の翔猿 相手は幕内力士と思って思い切り行ったけどやっぱり強かった。格が違う。押し込んだ後、いなされた時に、やっぱり違うなと感じた。

 ◆八角理事長(元横綱北勝海) あまり騒がないでやってください。1日取ってだいぶ楽にはなると思うけど、周りがあまり騒ぐと精神的に大変な場所になってくる。