2018年の春巡業。関取衆らの朝稽古が終わり、誰を取材するかを支度部屋入り口付近で吟味している時だった。「日刊さんいる?」。そう聞いてきたのは、呼び出しの重夫さんだ。すぐに返事をすると「横綱が呼んでいる」と言われた。他の関取衆とは別の、横綱専用の支度部屋に白鵬がいた。そして、問われた。

白鵬 俺の給金って今どれぐらい? 1億までいけるか?

すぐには質問の真意が理解できなかった。突然、口に出した1億円という数字にやや混乱しながら、とりあえず当時の給金を伝えた。巡業前の春場所時で約770万円。到底、及ばない数字だが「どうやったら1億までいけるか?」と問われた。1回で23万円上がる全勝優勝を約400回。それを聞いた白鵬は「そうか」とだけつぶやいて記者を部屋から追い出した。

その日のうちに、白鵬から真意を聞き出すことはできなかった。だが後日、白鵬と1対1で話せる機会があり質問の意図を聞いた。

白鵬 何か目標が欲しいんだよ。いろいろ達成したからね。今から双葉山関の連勝記録を狙うのは難しい。だから給金はどうかと思って聞いただけ。

数々の金字塔を打ち立てた白鵬。17年名古屋場所で歴代1位だった魁皇の通算1047勝を抜き、同年九州場所では節目の40度目の優勝を達成。そして、18年春場所では横綱在位数で、北の湖の63場所を抜いて歴代1位となった。常日頃、モチベーションの1つとしてさまざまな記録を追いかけては達成してきた白鵬。追いかける目標がいよいよなくなり、給金に狙いを定めたようだ。

そのまた後日、関係者を通して「1000万円」に目標を変えたことを聞いた。ただ「横綱はお金のために相撲をやっているわけではないから」と関係者。あくまで、土俵に上がるためのモチベーションの1つだった。引退時の給金は874万8000円。目標には届かなかったが、これほど記録にこだわり、塗り替えてきた横綱はいない。まさに希代の名横綱だった。【佐々木隆史】(おわり)

◆給金 給料の他に年6回、場所ごとに支給される「ボーナス」のようなもの。計算は勝ち越し1つが0・5円、金星10円、幕内優勝は30円(全勝は50円)。実際には4000倍した金額が支給される。全力士が3円から始まり、十両なら最低40円、幕内なら同60円に引き上げられる。白鵬の引退時の給金は「2187円」で、支給金額は4000倍の874万8000円。