悲運の元力士が「令和の怪物」に大きな期待を寄せている。昭和以降で初となる所要1場所で十両昇進を果たした落合(19=宮城野)が現れる17年前。06年夏場所で同じく幕下15枚目格付け出しデビューし、7戦全勝で優勝したのが元幕下・下田(のち若圭翔)の下田圭将さん(39)だった。番付運に恵まれず十両昇進はかなわなかった。度重なるけがにも苦しみ、その後も関取になれなかった。だからこそ、落合を応援する思いが強い。【取材・構成=平山連】

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都内で勤務する下田さんを訪ね、当時や落合について聞いた。今年1月の初場所で落合が7戦全勝優勝した後の番付編成会議。十両昇進か、幕下に据え置きか-。「自分のようになってほしくない。全勝優勝した時に上がってほしいというのは、本音なんですよ。もう誰にも私みたいな思いはしてもらいたくない」。下田さんは祈るような思いで発表を待ったという。

落合の昭和以降初となる所要1場所での十両昇進。この快挙に世間が沸くと、下田さんの実績が再び脚光を浴びた。幕下15枚目付け出しデビューの力士による全勝優勝は、自身の06年夏場所以来2人目だった。

日本相撲協会には「幕下15枚目以内の全勝力士は十両昇進の対象とする。ただし番付編成の都合による」との内規がある。落合は十両に出世した一方、下田さんには番付運がなかった。十両から幕下への転落者が少なかったこともあり、昇進がかなわなかった。

06年5月24日の番付編成会議。下田さんは埼玉・草加市の追手風部屋にいた。晴れの新十両会見に備え、部屋は整理整頓されていた。無念のニュースは、パソコンを見入っていた兄弟子から知らされた。「みんなに上がれると言われていて、自分も全勝したらと思っていたので悔しいところはあります。決まったことなんで、しょうがないです」。当時はそう言うのが精いっぱいだった。

その後の相撲人生は下降の一途だった。「デビュー場所がピークでした」と当時を振り返る。デビュー2場所目の06年名古屋場所での西幕下筆頭。これが自身の最高位となった。場所前から悩まされた左膝の痛みを押して出場。2勝5敗と負け越し、膝はさらに悪化した。

当時、休場を選択する考えはなかった。「デビュー場所で全勝優勝して期待されているのを感じていたから、次の場所で上がらないといけないと勝手に思っていた」。その後は膝をかばいながら土俵に上がり、自分の相撲を見失っていった。なぜ勝てなくなったのか、どうやったら勝てるのか。自問自答する日々は続き、ついには「土俵に上がるのが怖くなった」という。

引退を決めたのもけがだった。首の靱帯(じんたい)が骨化する「後縦靱帯骨化症」を発症し、16年の春場所を最後に現役を退いた。「やり残したことが多く、やり切ってはいません」。今も悔しさは残る。

落合は新十両として臨んだ3月の春場所で10勝を挙げた。「(周囲からは)1場所で十両に上げることへの期待と同じく不安もあったと思う。10勝したことで十両でも通用するんだということを証明してくれた。本当に上がって良かった」。何より落合のおかげで自身の名が何度もメディアに登場したことが「正直うれしかった」と喜んだ。

今は19歳の「令和の怪物」がどんな成長を遂げていくかが楽しみだという。「サッカーの久保(建英)選手、野球の佐々木(朗希)選手のように、スポーツ界には若くして顔になる人がいる。ニュースター候補がやっと相撲界にも現れた。子どもたちに大きな夢を与えられるような、横綱を目指してほしい」。その表情は晴れ晴れとしていた。

◆十両以上(関取)と幕下以下の差 給与は横綱300万円、大関250万円、三役180万円、平幕140万円、十両110万円で、幕下以下には支払われない。給料以外の待遇にも大差がある。関取は付け人がつき、部屋の外に住むことも自由。稽古では幕下以下は黒まわしだが、関取は白まわし。大銀杏(おおいちょう)を結い、土俵入りで化粧まわしをつけることも可能。場所入り時は車移動だが、幕下以下は原則電車などの公共交通機関での移動となる。