圧巻の相撲で頂点に立った。小結若隆景(31=荒汐)が12勝3敗で長期ブランクとなる25場所ぶり2度目の優勝を果たした。本割で4敗の藤凌駕を退け、大関霧島との優勝決定戦も、左おっつけを利かせながら一方的に押し出し、力でねじ伏せた。審判部も今場所の成績と内容を評価。大関とりへ、確かな第一歩を踏み出した。
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賜杯(しはい)を抱えた若隆景のほおに、静かに笑みが広がった。23年春場所で右ひざに大けがを負い、3場所連続全休の末、幕下から出直し。25場所ぶりの長期ブランク優勝は「長かった。諦めずにやってきて良かったです。たくさんの方の支えがあったからこそなので、感謝しています」と万感の思いを口にした。
優勝パレードの旗手は、3兄弟の次兄・若元春が務めた。旗手は表彰式の時点でも決まっておらず、師匠の荒汐親方(元幕内蒼国来)は当初、十両の大青山に打診していた。しかし、表彰式後、兄へ正式に旗手を依頼。初優勝を果たした22年春場所はコロナ禍でパレードが実施できなかっただけに、兄弟での初パレードは特別な意味を持つものとなった。
家族の支えが何より大きかった。妻の沙菜さんは場所中、朝晩最低10品、肉・野菜・魚とバランスの取れた料理を作り続けた。4人の子供から「優勝してね」とエールを送られ「任せろ」と言い残して家を出た。優勝インタビューで「原動力は家族です。優勝を見せられてよかったです」と胸を張った。
1差に7人がひしめき、大混戦となった千秋楽。優勝争いを制した会心の場所を受け、審判部も動いた。浅香山審判部長(元大関魁皇)は大関とりについて「これが起点になると思います。こういう相撲を取っていけば」と、前向きな見解を示した。若隆景も優勝パーティーで「大関を目指して頑張りたいです」と決意を口にした。荒汐親方が「大関挑戦について自分から言わなかったですけど、今は言っているので目指すんじゃないですか。よかったです」と目を細めた。
大けがからの長いトンネルを抜け、若隆景の新たな挑戦が始まる。【山田遼太郎】
◆若隆景渥(わかたかかげ・あつし=本名大波渥)1994年(平6)12月6日生まれ、福島市出身。荒汐部屋。学法福島から東洋大に進み、4年時に全国学生選手権個人2位。17年春場所に三段目100枚目格付け出しで初土俵。18年夏場所新十両。19年九州場所新入幕。21年名古屋場所新小結。22年春場所新関脇。23年春場所で右ひざに大けがを負い、3場所連続全休の末に幕下へ。24年名古屋場所で幕内に復帰した。優勝2回、技能賞7回。得意は右四つ、寄り。183センチ、138キロ。

