全米の読書家や作家本人がもっとも気にしているのがニューヨーク・タイムズの「ベストセラーリスト」だと言われている。

 日曜版に掲載されるこのランキングは、視聴率の集計方法と似ていて、全国からアトランダムに選んだ書店の累計から順位を付ける。著名作家の新作や出版前から話題になった本が並ぶこのリストに、5年前異変が起きた。事前情報がほとんどなかった小説「Wonder」があれよあれよと1位になったのだ。

 映画「ワンダー 君は太陽」(6月15日公開)は、グラフィックデザイナーのR・J・パラシオさんが初めて書いたこの小説を原作に、特別な事情を抱えた子どもの当たり前の日常を描いている。地味な題材がなぜ幅広い支持を得たのか。

 登場人物それぞれの視点から語られる各章を積み上げる形で話は進み、行き違った気持ちがしだいに折りあう行程を見せていく。各章の一人称はそれぞれの心象をきめ細かく描き出し、胸に秘めていた優しさをあぶり出す。それが心を打つのだろう。

 主人公は10歳のオギー。遺伝子疾患で人と違う顔に生まれ、27回もの手術を受けている。学校には行かず、自宅学習の毎日。母親は米国の学制で一区切りとなる5年生の初日から学校に通わせることを決意する。

 はっと息をのむ顔、後ずさり、遠慮のない同級生たちは時を置かずにばい菌扱いを始める。想像していたこととはいえ、学校生活は悲惨な幕開けとなる。

 ひょんなきっかけから友情を深めることになるジャックの心の声がオギーの行く末に光りをともす。見慣れてくれば、そんなに気にならない。話してみれば学校で一番面白いヤツだ…。

 家庭内のオギーは太陽のような存在だ。すべてが彼を中心に回っている。優しい父親はもちろん、母親も美術研究の論文を中断して彼にかかり切りだ。高校に進学したばかりの姉も弟がかわいくて仕方がないが、尊敬する母に少しは自分の方も見てほしいと、たまに複雑な心境になる。

 そうだろうな、と思わせる周囲の人間模様。心の中まで映して、いつの間にか肯かされる。友人ジャックや、姉の親友ミランダの家庭の事情まで話は広がるが、会話の端々にさりげなく情報が潜ませてあって、さくさくと理解できる。

 実写版「美女と野獣」(17年)の脚本を手掛けたスチーブン・チョボスキー監督は、人物相関図がさっと頭に浮かぶような明解さに力量をみせる。

 オギーを巡る人の輪はどんどん広がり、文字通り太陽のように周囲を明るくしていく。そして「奇跡」は起きる。

 黒沢明が「羅生門」として映画化した芥川龍之介の「藪の中」は、登場人物それぞれの話が食い違い、真相が見えなくなる。対照的に微妙に行き違うそれぞれの視点がたった1つの真実に行き着くところがこの作品のミソになっている。

 オギーを演じるのは「ルーム」(15年)の名子役ジェイコブ・トレンブレイ。今回は特殊メークに圧迫されながらも微妙な喜怒哀楽を表現する。母親役のジュリア・ロバーツは相変わらず美しい。父親役のオーウェン・ウィルソンはうまいぐあいに肩の力が抜けている。姉役のイザベラ・ヴィドヴィッチは17歳にして演技派の貫禄だ。

 オギーを温かく見守る校長役をテレビシリーズ「ホームランド」のスパイマスター、マンディ・パティンキンが演じている。オギーの転入に異議を唱える保護者に「彼は顔を変えることができません。私たちが見方を変える必要があるのです」と説く。明るさを軽さと誤解させない重しとなる見事な配役だ。【相原斎】