「武士の家計簿」(10年)や「殿、利息でござる!」(16年)など、近年の時代劇は人情の機微の部分まで、かなりはっきりと現代社会を投影している。まげを取って、言葉遣いを変えれば、現代劇そのものと言ってもいいかもしれない。

60年代半ば、幼心にこれに似た感覚を覚えたことがある。量産されていたクレイジーキャッツの映画で、植木等演じるサラリーマン主演の現代劇と「ホラ吹き太閤記」に始まる時代劇作品が交錯。記憶の中ではボーダーレスにこんがらがっている。近年のコメディー・テイストの時代劇に親しみを覚えるのは、そんな経験があるからかもしれない。

30日公開の「引っ越し大名!」もそんな1本だ。原作・脚本は「超高速! 参勤交代」(11年)の土橋章宏氏。徳川幕府による「国替え」に翻弄(ほんろう)される中堅大名の悲喜こもごもが描かれる。

すべての藩士とその家族が丸ごと大移動する国替えは、近代企業に例えるなら社運を賭けた超大型プロジェクト。それにまつわるあれこれに、わが身を投影するサラリーマンも少なくないだろう。

そのプロジェクト・リーダーに指名されるのが星野源ふんする若手藩士、片桐。文書係として書庫に引きこもり、人と話すのが苦手なのだが、藩きっての知識の豊富さで白羽の矢が立った。二枚目に分類されるであろう星野だが、昨年のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」といい、自己評価の低い役柄によくはまる。

前任の引っ越し奉行が過労死してしまったほどの重責。あたふたする片桐を、武芸だけには秀でた幼なじみの鷹村(高橋一生)と前任者の娘、於蘭(高畑充希)が支える。

国替えには減封も加わり、リストラ、断捨離(だんしゃり)、借金…と文字通り今に重なる課題が連なっている。犬童一心監督は「若い世代が古い世代のダメな人たちを、自分たちのやり方で駆逐するお話」と言い、世代間のさざ波がまさに今のサラリーマン社会を映して得心させる。

クレイジーキャッツの時代劇では、植木等の主人公が気のおもむくまま、いいかげんにやっていれば、いつの間にか事態は好転したが、こちらは強い意志を持って事に当たらなければ結果は得られない。高度成長期の当時と年金不安の今。時代を映すとはこのことか。

意思表示が下手な片桐の背中を押すのがきりりとしたシングルマザー、高畑演じる於蘭だ。犬童監督は高畑を「ユーモアがない人じゃないのに、『人間的に間違ったことは許さない!』みたいな独特の強い正しさが感じられてすごく面白い」と評し、その持ち味を存分に生かしている。

山盛りの課題は、於蘭に後押しされた片桐によって、彼らしい平和的な落としどころに収束していくのだが、そんな人間ドラマの他にも見どころが用意されている。

国替えの裏には当然のごとく幕府の隠密が暗躍し、武芸の達人にふんした高橋一生は「黒沢映画の三船敏郎」をイメージしたという大ぶりな殺陣を披露する。随所に登場する「引っ越し唄」のミュージカル仕立ては野村萬斎が振り付け・監修している。

現代を反映しながら、往年の娯楽作品の匂いがぷんぷんとする作品だ。【相原斎】