09年から長崎・軍艦島への上陸ツアーが行われるようになって以来、「廃虚ブーム」の息は長い。時代に取り残されたものや、そこで暮らした人々へ思いをはせることがその根底にあるのだと思う。

新海誠監督の新作「すずめの戸締まり」(11日公開)は、そんな廃虚に埋もれた「念」と現実の世界を分ける「扉」を巡る物語だ。

九州の静かな街で暮らす17歳の鈴芽(すずめ)は、「廃虚の扉」を探す青年・草太に出会う。彼を追って山中の廃虚に入った鈴芽は古ぼけた扉を見つけ、好奇心から開けてしまう。あちら側は荒涼とした別世界。突如現れたダイジンと名乗る猫によって、草太は「3本足の子ども椅子」に変身させられてしまう。

扉が開いたことによって次々に起こる災い。実は草太は「扉」にカギをかけて災いを鎮める「閉じ師」だと言う。全国で開き始めた扉を閉じるため、予兆となるダイジンの足跡を追って鈴芽と動く椅子となった草太の旅が始まる。ダイジンの追跡にはSNSが有効ツールとなり、後世振り返れば、作品の時代背景を象徴する描写となるのだろうと想像する。

怪しくもキュートな猫と動く椅子は、陰影も巧みに表情豊かに訴えかけてくる。相変わらずリアルな旅先の街並みも、光線の加減でこんなに美しく見えるのか、と新海作品ならではの新発見に満ちている。

主演・鈴芽はかわい過ぎないほどよい造形。子ども椅子はもともと震災で死に別れた母との思い出の品という設定で、被災地の東北に向かう旅は、鈴芽が封印していた記憶と絡み合い、物語に奥行きを付ける。

声は実写「3月のライオン」などの原菜乃華。母代わりとなった叔母の環(深津絵里)に気持ちをぶつけるシーンなど、声優初挑戦とは思えない余韻を感じさせた。草太の松村北斗もその動じないキャラを実感させる。伊藤沙莉や神木隆之介、そして松本白鸚と個性派がそろい、劇中キャラに面白いほどはまっている。

多様な登場人物それぞれの思いにもさもありなんという納得感がある。昔話のようなタイトルからは想像も付かない、アニメならではの壮大なスケールで膨れ上がった行く末には、そうだったのか、と思わず納得する結末がある。今回も新海マジックの幕切れは気持ちいい。

試写会の翌朝に見た秋空は今までとはちょっと違った感じに見えた。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)