木村拓哉の参加で、96万人もの観覧希望があった岐阜信長祭り(昨年11月)は記憶に新しい。情報番組で見ても印象的だったから、信長の扮装(ふんそう)で登場した木村の「目力」を現場で実感した人は少なくないはずだ。

「レジェンド&バタフライ」(27日公開)では、そんな迫力視線が存分に生かされている。

脚本の古沢良太氏はこの作品を書くに当たって「政略結婚で結ばれた夫婦の笑えて泣けるロマンチックコメディーを書いてみたいとかねがね思っていました」とコメントしている。

荒縄を帯代わりにした信長と、対照的に大人びた濃姫の初対面シーンには、確かにコミカルな空気が漂っている。木村の存在感にトーンを合わせて声を張る濃姫役の綾瀬はるかが好演で、割れ鍋にとじぶたと言ったら、信長様には申し訳ないが、似合いのカップルを実感させる。そんな若き日の「うつけ者」時代にも、木村の「目」があるから、家来をひきつけるカリスマ性に説得力がある。

映画は史実を追いながら、合戦よりはこの夫婦のやりとりに重きを置いて進行する。「るろうに剣心」の大友啓史監督らしく、軍議や合戦シーンの構図はユニークで、背景や調度にもメリハリが効いている。そんなユニークな舞台設定の中で、主演の2人はむしろオーソドックスな信長像と濃姫像を目指しているように見える。だからだろうか、桶狭間を目前にした緊迫の空気の中で、夫婦で戦術を練るという異色のシーンにも不思議と違和感がない。

安土城の新装天守閣を濃姫に無邪気に自慢するくだりでは、人間信長の生身の感じがふっと感じられた。信長になりきろうとする木村の思いは、むしろそんな緊張の緩む場面から伝わってきた。

時間を追うごとに映画の空気はシリアスになり、信長は「魔王」の色を濃くしていく。濃姫の反応を映し鏡のようにして、木村信長が憔悴(しょうすい)をあらわにしていくところがこの映画の一番の見どころだろう。ここでも焦点を失ったその「目」が内心を映し出す。

周囲も歴史上のキャラを端的に表現して外しがない。北大路欣也の重厚な斎藤道三。斎藤工の崩し気味の徳川家康は「関ケ原」(17年)の役所広司に重なる怪演だ。宮沢氷魚の明智光秀は知的でスラッとした感じが印象に残った。

タイトルは変化球をイメージさせるが、2時間48分の濃い長尺は、文字通り王道信長作品だった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

綾瀬はるか(2022年9月撮影)
綾瀬はるか(2022年9月撮影)