84歳の仲代達矢さんが、石川・七尾市の能登演劇堂でロングラン上演中の無名塾公演「肝っ玉おっ母と子供たち」に主演している。

 仲代さんが能登で舞台を上演するたびに、これまで10回近くは能登を訪れている。今回はドイツの劇作家ブレヒトの反戦劇。仲代さん演ずる女商人アンナは軍隊相手に商売をして、軍隊に付き従って戦場に赴く。3人の子供を戦争で失いながらも、軍隊から離れることができない、哀れな姿を描いている。最後の戦中派を自認する仲代さんは、覚悟を持って今回の作品上演を決めた。「この舞台には戦争反対を叫ぶ人は出ない。でも、戦争のむごさ、理不尽さがよく分かる。29年前にやったよりも、きな臭さが増している今の方がやる意義があると思う。かつての新劇は悪しき体制に抵抗するという方向性があった。僕も最後の戦中派だから、、戦争のむごさは知っている。エンターテインメントの中にメッセージを届けたい」と、力が入っていた。

 能登演劇堂は仲代さんの発案で舞台奥の扉が開くようになっているが、今回もその仕掛けが生きた。冒頭、舞台奥の扉が開き、野外に火と煙が上がる中、ほろ車に乗った仲代さんと子供たちが登場する。演劇堂ならではの借景を生かした幕開きだ。ラストにも再び扉が開くが、その時はすでに暗くなり、ライトアップされた野外から虫の鳴き声が聞こえてきて、意外な効果音になっている。

 88年以来29年ぶりの「女役」となる仲代アンナはスカート姿で、ちょっとしたしぐさに女性らしさを見せるものの、声はあえて作った女声にはせず、仲代さんも「女役を意識して演じていない」という。ただ、男におしりを触られて「やめてよ」と言う場面などには、ほのか色気さえ感じてしまう。

 能登では10月14日から11月12日までのロングラン公演し、九州巡演後、来年3月に東京公演を予定している。12月に85歳となる仲代さんは、本番の10カ月前の正月からせりふ覚えなど自主稽古を始めていた。「もうクタクタで、現役もそろそろかなと思っている。今回も最後のつもりでやっている。引退ということではなく、これが最後になるかもしれないと、毎回の舞台を集中してやっている」。

 今回の取材で、面白い話が聞けた。黒沢明監督の映画には「用心棒」「影武者」「乱」などに出演しているが、かつて黒沢監督が舞台演出をやりたいと言ったという。黒沢監督は演劇にも造詣があり、「蜘蛛巣城」は「マクベス」、「乱」は「リア王」とシェークスピア作品を下敷きにしている。仲代さんが「是非やってください」と歓迎すると、しばらくして黒沢監督が言ったという。「舞台は映画と違って、途中で『カット』と言って、止めることはできないんだな。それは嫌だ。演出はやれない」。黒沢明監督の演出で仲代さんが主演、夢のコンビの舞台を見てみたかった。【林尚之】