政府の自粛要請で多くの演劇公演が中止となっているが、米国でも、劇場が軒を連ねるブロードウェーが1カ月間の公演中止を決めた。新型コロナウイルスの感染拡大は世界の演劇界にも大きな影響を与えているが、日本でも、危機的な状況を迎えようとしている。

劇作家の鴻上尚史氏は今月上旬のツイッターに、「知り合いのプロデューサーから悲鳴のような電話。チケットの払い戻しが2億2000万になるという。このまま中止が続けば7億円を超えて、自己破産の可能性も視野に入れていると」と書き込んだ。その時から中止期間は延長されており、「自己破産」も大げさな話ではないだろう。中止でチケット代の入場収入はないが、劇場や稽古場の借用料、キャストやスタッフのギャラは払う必要がある。劇作家の野田秀樹氏が今月1日に発表した意見書で訴えた「演劇の死」は現実のものになりつつある。

初日の延期や公演中の中止なら、多少の救いはあるが、観客の目の前で演じられることもなく、公演そのものがなくなったのが、世田谷パブリックシアター「お勢、断行」。2月28日に初日予定だったが、前日の27日に中止を発表した。主演の倉科カナが悪女役に挑む作品で、倉持裕氏が作・演出を担当。中止が発表される直前、最後の舞台稽古を行った。倉持氏はフェイスブックで「キャストとスタッフから並々ならぬ気迫が感じられた」と振り返り、悔しさに泣いたという。

野田氏の意見書とともに、多くの演劇人の心を揺さぶったのが、「天保十二年のシェイクスピア」に主演した高橋一生の言葉だった。「天保-」は東京公演での29日の千秋楽を前に中止となり、大阪公演も3月5日から10日まですべて中止となった。最後の公演となった27日のカーテンコールで、満席の観客を前に高橋は語り出した。

「こういう結果になってしまったことは、心の底から無念としか言いようがありません。ここからは僕の主観です」と前置きして、「いつの時代も僕の知り得る限り、多くの場合において、有事の際、芸術やお芝居などはトカゲの尻尾切りのように世の中から捨て置かれてしまうような存在だと思っています。しかし、僕の思いとしては、この娯楽というものが人の心というものを豊かにする重要なものなのではないかと思っています。娯楽というものが世の中からなくなってしまったら、きっと皆さんの心は、お芝居をさせていただいている僕らも含め、『豊かな心』がどんどん失われていってしまうと思います」。

何百人、何千人もの演劇人の悔しい思いが凝縮した、熱いメッセージだった。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)