AKB48グループ3代目総監督の向井地美音(23)が各界のリーダーから学ぶ「リーダー論」の第12回は番外編です。
10日に初日を迎える舞台「新・熱海殺人事件」(10~21日、東京・紀伊国屋ホール)で、単独初舞台に臨むみーおんが、このほど都内の稽古場で、総合プロデューサーの岡村俊一氏(59)と舞台に向けて語り合いました。日本の演劇の聖地として57年の伝統を誇る紀伊国屋ホールでの新しい「熱海殺人事件」で、“本当の向井地美音”を出します。【聞き手=大友陽平】
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-稽古の状況はいかがですか?
向井地 毎日必死で、死に物狂いです。直前になって、焦りが増しています。
岡村 ギリギリまでコンサートもありましたから。
向井地 共演の皆さんも舞台に何度も立たれている方ばかりですし、この作品に出られてた方もいらっしゃって、スタートラインが全然違うところからなんですが、さらに私は稽古に出られずだったので…。今はその差を埋めるのに必死です!
岡村 演劇の中でも“特殊競技”に近い演劇なので、猛獣の中にうさぎを入れたみたいな状態になってます(笑い)
-ここまでの印象は?
岡村 非常に勘が良くて、捉えどころは合ってるし、出来てるんです。早い段階からこの子はすぐできると思ったんですが、なんせ周りが猛獣なので(笑い)。ぴょんぴょん跳ねるレベルでは追いつかないので、猛獣の動きについていくのに、やはりなかなか苦戦はしてますね。
-改めて今回の「熱海殺人事件」について
岡村 もうすぐ上演50年を迎える日本の代表的な戯曲で、ある意味古典なので、みんなが知ってる話ですし、芯がズドンと通ってるので、あまりさわれない部分もあるのですが、今回は新装した紀伊国屋ホールでの「新・熱海殺人事件」と名付けてやる以上は、新しく感じさせたいと思っています。そこに今回若い力が携わってくれることで、また古典も新しくなっていく。人間の喜怒哀楽の基礎みたいなのは変わってないんだけど、若い人なりの人間の解釈みたいなのがあって、現代人は何に怒って、何に傷つくのかって、少しずつ変わっていくんです。そういう意味でも、この物語が現代でも通用するという証明をしてもらうための新人起用でもあります。
-これまでも若手女優や、アイドルを卒業したばかりの女優を多く起用しています
岡村 僕はほとんど国産の戯曲作品しか扱ってないんですが、国にとっての財産って何だろう? と考えた時に、日本語で、日本人の感覚でできているものとか、この国の人たちがその時代にどう感じたかというのが1番残るものだと思ってます。現代の日本の若者の感覚とか、日本の時代背景において起きていることを記していくことは、日本の演劇とか文化に携わる人にとって大切な行為です。それを広げてくれる人というのが、やっぱり有名人でありアイドルです。そういう子たちが、日本の古典とか名作にちゃんと立ち向かうというのは、日本文化にとって重要なことだと思っています。そういうことを広めていくということが自分の仕事だとは思っています。
-今回、その担い手の1人になります。水野朋子役を演じます
向井地 最後の方になるにつれて、どんどん感情が深くなっていくシーンがあるんですけど、自分も経験したことのないぐらいの悲しみだったり、これをされたことでどれだけ傷つくんだろう? というのは自分でも想像できないぐらいの感情があったりするので、それを想像するのがすごく難しいなとは思います。そこを岡村さんが1個1個丁寧に解説してくださいますし、当時はこういう時代だったとか、少しずつそこに染まっていけるようにはなっているのかなと思います。
岡村 今回はロリコンの部長が、向井地さんを飼育している…みたいな感じです。舞台側とすれば新人をお預かりするということには意味があって、アイドルという職業は何だろう? という時に、例えば、きれいなところしか晒(さら)さない…というところまでが、基本的なアイドルのできる表現方法だったりします。女優というのは、テレビドラマでも人間の実際の姿を見せるという商売なんです。なぜホームドラマがあるのかと言うと、それは家族にしか晒さない顔というのが出るからで、学園ドラマも、友達だからこそ見せる顔や、家族だからこそできる会話であったり、怒りがある、突然会って「こら!」とは言わないけど、お母さんなら言うじゃない? 自然な姿で。つまりそういう自分の中の隠してる…醜い部分というとちょっと言い過ぎなんだけど、それをちゃんと晒せるようにするのが女優さんのする仕事だと思います。動いている姿、隠す部分がない状態でもこの人は魅力があるという状態にまで持ち込む。ちょっとおかしな行動をとっても、この人がそう思うからやったんだなって分からせる能力みたいのがついて、初めて女優さんになれると思います。
-AKBはアイドルとしてはいろいろ晒している方かもしれません
向井地 稽古をしていて実感したのは、自分はこれまで感情を晒してこないタイプなんだなと。人前で怒ったりとかもしないし、さらけ出すことに自分の人生でも慣れてなくて…。だから自分の感情もそんなに出せてないのに、演技でさらに上の感情、しかも感じたことのない感情を出していけるんだろうか? というのはすごく悩みました。
-ドラマの経験はこれまであった
向井地 全然違いますね…。根本から演技に対する考え方が違うなと、今回の稽古でも感じています。子役の時とかは、悲しそうな演技をすることが求められてたりとか、“側(がわ)の演技”というんですかね。それは私がAKBの「マジムリ学園」の舞台に出た時にも、側じゃなくて心で演技をしてってよく言われていて…。悲しそうに見える演技、楽しそうに見える演技しかできてなかったんだなと今回気付いたんです。それを全部、岡村さんには見破られるんですよ(笑い)。私が心の中で何を考えて演技しているのか、全部バレていて。本当に自分の心を動かさないと伝わらないんだなというか、そうじゃなきゃこの「熱海殺人事件」は表現しきれないし、向き合ったことにならないんだなということに気付きました。
-感じている部分はありますか?
岡村 ちょっとずつできてきてます。(取材の)昨日もずっと話して、じゃあそれを続けてやってみようって言ったら、ああ分かってきたなと。大丈夫ですよ!
-舞台をまとめていく上で、いつも心がけていることはありますか?
岡村 実はそんなに、絶対自分でこう決めて、こうやる! みたいなタイプではないんですよ。他人からはそう思われてるようだけど…。実は柳に風みたいに、ちょっと柔らかに物事を考えています。例えば今回演出を担当してくださっている中江功さんはテレビ局の方で、普段は「完成品に対してどう完成させるか」みたいな考え方なんです。つまりそこに集まってくる人はすごいスターだったりするわけで、完成品を相手に完成品を作ったり、より高度なことを考えていらっしゃる。ただ我々の演劇の場所というのは、何か物足りないことがあっても、現有勢力でなんとかそれを仕立て上げていくというか。ここにいるこの4人で何とかできないか? と考えるのが演劇の場所だと思っていて、「熱海殺人事件」はまさにそういう感じなんです。ちょっとしたことでも、あの子がこうなら、こうやって支えられないか、とか。ここはよく見えたよね、じゃあここは俺がやっておくよみたいな…。そういうものを役者の肉体や精神に刻んでいくこと、残していくことを考えています。そういう考え方を残していくと、またその先に後輩たちが生まれてきて…。だから結果的にはリーダーと呼ばれることはあったとしても、基本的な考え方は年上なだけだなという感じです。
-誰から学んだ?
岡村 自分の意識としては、誰かに教わったというよりは、見て学んだという意識が強いです。この世界は教えてくれる人もあまりいないので。言葉にしていくとどんどん標準がボケていくというか。心の話とかになると、全部言葉にできないので。
-岡村さんの立場から、現場のリーダーに求めることや資質を感じる人というのは?
岡村 例えば主演も、任せると自然と身についていくものなんです。今回は荒井敦史がちゃんと周りにこうした方がいいよと声を掛けられるようになっていく。重要なポイントがもしあるとしたら、例えば美術の物を作るのが上手とか、衣装の着せ方が上手とかということはその業種の人がやれば良くて、演出とか作家とか人間に関することをやる人は、人間に対して植え付けることを考えないといけないと思っています。人間の中に物語性みたいなものを残していくことで、新しい物語がまた古い物語に、そしてまた新しいものに変わっていくみたいなことを常に考えている状態です。
-人に残していくというのは、アイドルも近い部分があるような気がします
向井地 みぃちゃん(峯岸みなみ)が卒業コンサートで、これまで見てきた景色を私たちに見せてくれたというのも、映像でも残るとは思うんですけど、一番は私たちメンバーの心にすごい刻まれたんです。この景色を自分たちも見たいし、こうやって先輩たちはAKBを作り上げてきたんだということを教えてもらいました。私もリーダーとして確固たる自分のやり方があって、みんなについてきてもらう! みたいな感じでもないからこそ、風に揺られてるタイプだと思うんですけど、後輩の心に、AKBが好きだという気持ちを一番残したいと思っています。
-今回の舞台での経験も今後生かせそうですね
向井地 AKBでたくさんメンバーがいますが、正直自分が一番できない立場というのになったことがなかったんです。可もなく不可もなくという感じで。ただこの稽古場では、私が一番できないことは明らかですし、初めてそういう立場になってみて、例えばレッスンについてこれなくて泣いてたあの子はこういう気持ちだったんだとか。めちゃくちゃ怒られた時にこういう風に思っていたんだろなとか。今、荒井さんとかから声をかけてもらえて救われたりしているので、自分がリーダーじゃない時の気持ちというのを、改めてこの場で学びました。
-せっかくなので何か聞いてみたいことは?
向井地 私は本番に間に合いますか?
岡村 大丈夫! 間に合わせますし(笑い)
向井地 この6人で作り上げようと思ってくださっているのが救いです。ちなみに、水野役って何人やられてるんですかね?
岡村 めちゃくちゃいるなあ。
向井地 一番心に残っている水野は?
岡村 自分的には、大谷英子さんかな。7~8年前ぐらいにやってたんだけど。おかげでその年は助かったなみたいなことを覚えていて。彼女が今日本にいたら、杉咲花の母親役ができるな(笑い)。結局、最後はどこまで水野を分かって、どこまでのめり込んでくれるか…。せりふの量が多いと言われるけど、全体のバランスで言うと多くはないんだけども、出番はずっと出ているので、どこまでのめり込めるか。その動きと、そのリアクションで何が起きているのかが分かるかどうか。だからいつも「そこ、何考えてる?」って聞くよね? 4人しかいないから、見るポイントも4つしかない。だからその子がどれだけ丁寧にやっているかというのが分かると、その子の全てが響きます。そこの場所で2時間を生き抜く力みたいなのが必要で、今は悩んでるかもしれない部分かもしれないけど、冒頭で別れていくせりふを言うんです。それが最後に同じ場面がある。そこがつながって見えるようになったら大体いける。見てる方は大体つながるんだよね、2時間しかたってないから。だけど本人の中でそこにちゃんとレールが敷けているかとか、そこから始まってそこに至るまでの行動が、自分と整合性があるかどうかみたいなのがちゃんとつながっていると、すごいおもしろい。だからこそ、みんな難しいって言う。でもそれは、俳優さんの感想でしかなくて、そこで生きている水野がいれば「確かにそうだ私」ってなれればつながってることになる。
向井地 ずっと思ってることで、別れを意識しながらの2時間なので、確かにそこが途切れてしまわないように…。
岡村 せりふは字に書いてあるから勝手に人間は認識するし、俳優もこう書いてあるからそうなんだろうと思うけど、つかこうへいさんという人の特徴というか、物に名前がついてることが、果たしてその印象と一緒でいいか? というのをやりたかった人なんだけども…。例えば、ここにお茶わんと灰皿があります。両方、陶器です。これにお茶わんと名前がついてるからご飯を入れても安心して食べられるし、これに灰皿って名前がついてるから平気でたばこを消せたりする。でもよく考えてみると、どちらもただの陶器。物の名前というと、その人が抱く印象というものが果たして1つでいいのか? 本質はどこにあるのか? みたいな問いかけをずっとしているんです。自分はどれだけ正しい心でその言葉を扱うのか、提示できるのかというのが「熱海殺人事件」の1つの裏テーマであるとするならば、言葉に相対する俳優としては、正しい心で立ち向かうしかないんですよ。どんなひどい言葉であろうと、自分はこれを正しい言葉として使おうという風に思う、人間の心で思うことの方が重要だっていうような物語をやっているんだな、今(笑い)
-深いです…。では最後に意気込みを
向井地 舞台って一番うそがつけない場所だというのは、稽古をやっていても感じています。水野ではあるけれど、“本当の向井地美音”を出してその場に立っていないとうそになってしまうのが難しい部分でもありますが、それができるようになることで、人間としても成長できるのかなというのは感じてるので、最後までやり切れたらと思います!
◆岡村俊一(おかむら・しゅんいち)1962年(昭37)6月16日、広島県生まれ。同大卒業後、劇場勤務を経て、演出家に。少年隊の「PLAYZONE」シリーズや「蒲田行進曲」「あずみ」「新・幕末純情伝」「熱海殺人事件」「フラガール」など数多くの舞台の演出やプロデュースを手掛ける。96年には映画「スーパースキャンダル」で初監督にも挑戦。
◆「熱海殺人事件」 つかこうへいさん作の戯曲。熱海で起きた殺人を、主人公の木村伝兵衛刑事が大事件に仕立てようとする物語。73年に初演され、74年に岸田國士戯曲賞を受賞。86年に仲代達矢主演で映画化。主人公の愛人・水野朋子警察官役は過去に黒谷友香、内田有紀、黒木メイサら、18年の公演では元AKB48木崎ゆりあ、19年は元欅坂46今泉佑唯が演じた。