上方落語協会では入門から10年経過すると、ホームグラウンド・天満天神繁昌亭(大阪市北区)などで自主公演(落語会)を開催できる決まりがある。

そんなルールにのっとり、10月8日、繁昌亭で「第一回桂りょうば独演会」が行われた。りょうばが師匠ざこばに入門したのが2015年8月。噺家(はなしか)としては、43歳の遅いスタートだった。

この夜の繁昌亭、見る限り会場は満席。りょうばに対するファンの期待は並々ならぬものを感じた。それも無理はない。「上方の爆笑王」と称された桂枝雀さん(1999年死去)を父に持つ男なのだ。

人なつっこい笑顔で客席に語りかけ、飄々(ひょうひょう)とした空気のなか、話に入る。雰囲気は偉大なる父に生き写しだった。いつの間にか、会場は大爆笑。独演会と呼ぶにふさわしかった。

会場で配られたパンフレットには「芸歴12年を越えました。本当にあっという間でした」と本人の言葉が込められていた。

その続きには「繁昌亭は芸歴が10年になると夜席を借りられるルールがあります。10年目を見越して9年目から小さな落語会を毎月やって 1年後に集大成として繁昌亭で独演会を開く!…という素晴らしいステップを踏むことが私には出来ないのです。気づいたら12年経ってました。昔からボヤーっとした人間でした」。

高座でも自身について「ボヤーっとしてまして」とニコニコ顔で語り、場内の笑いを呼んだ。

入門が43歳だったので「年下の兄さん」が何人もいた。落語界では一日でも早く入門した方が「兄弟子」になり、年齢は関係ない。りょうばは「きっと扱いにくい新弟子やったでしょうな」と当時を振り返った。

独演会のゲストは桂米紫。ざこばの孫弟子にあたり、年齢はりょうばよりも2歳若いが、入門は20年も早い。高座の米紫も笑いながら「なんせ父親が枝雀師匠ですから」と複雑な関係を語っていた。

この日のりょうばが演じたのは「阿弥陀池」「帰り俥」「はてなの茶碗」の3席。客席の笑いはたえなかった。落語の方はもちろん、彼の人柄に酔っていたようにも思えた。

現在54歳。年齢的にはそろそろベテランと呼ばれてもおかしくないが、落語の世界ではまだまだこれから。「遅れてきた新星」にどうぞ、注目を。【三宅敏】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミへキタへ~」)

初高座時、父の枝雀さんと同じく、小指を内側にたたんで扇子を持つ桂りょうば(2016年1月撮影)
初高座時、父の枝雀さんと同じく、小指を内側にたたんで扇子を持つ桂りょうば(2016年1月撮影)