NHK大河ドラマ「いだてん」(19年)、放送中の連続テレビ小説「おかえりモネ」と、ここ数年、女優業でも圧倒的な存在感を放っている。ダンサー菅原小春(29)。来年2月には、舞台「千と千尋の神隠し」(帝国劇場)で、あのカオナシ役を演じることになった。型にはまらない個性は、ダンススタイルそのまま。陰も陽も、規格外のダイナミズムの持ち主だ。

★あり得ないくらい病んでいる時は「紅の豚」を1日10回以上見る

パワフルなダンスと、存在自体がアートと称される鋭角な個性。ジブリ作品のファンタジーとはイメージが重ならないが、「あり得ないくらい病んでいる時は『紅の豚』を1日10回以上見る(笑い)」というほどの宮崎駿ファンという。「子どものころから宮崎さんの作品を見て育った。女の人がみんな強くて元気でかっこいい。私も頑張らなきゃって思うんです」。

インタビュー早々、「あり得ないくらい病む」とカジュアルに明かす。3日間飲まず食わずでベッドから出られないこともあるのだという。「ありませんか?」と笑い、「ただ踊ってきただけの私が、芸能界でいろんな武器や防具を持ってる魔女みたいなすごい人たちに生身でぶつかっていくと、めちゃめちゃ傷つくんですよ。ありのままの自分で戦って生きるのは本当に大変で」。独特のワードセンスをマシンガンのように繰り出す。

「千と千尋の神隠し」のカオナシ役のオーディション(19年)への誘いが舞い込んだのも、そんなメンタルの時だったという。

「動けなくて、死ぬかもしれないと思ったら、どうしても宮崎さんに会ってみたくなって、あてもないのにジブリがある三鷹をさまよったんです。そしたらその1週間後くらいにお話が来て」。突拍子もない話に面食らっていると「私にとって宮崎さんは、表現の世界で日本でも海外でも戦ってきたバイブルのような人。偶然会えたらパワーをもらえるんじゃないかと思ったんです。ほんと不審者ですが(笑い)」。ジブリの三鷹を肌で感じ、満足したタイミングで来たチャンス。「思いは招くんですね。生きようと思いました」とカラッと笑う。

小学生のころ、父親と映画館で見た唯一の作品が「千と千尋の神隠し」だったというのも運命的だ。「子ども心に怖かったですね。人間として生きる恐怖を爆発的に感じたというか。子ども頑張れよ、変な大人や社会に惑わされるなよと、宮崎さんに伝えてもらった感じ。中でもいちばん怖かったカオナシを、私がダンスで表現できるなんて、本当にすてきだなって」。

一方で「宮崎さんはきっと舞台化はイヤなんじゃないかな」と考えずにいられない。ゼロから表現を生み出す者の苦労とプライドを、自身も肌で知っているためだ。「大人が作品にあれこれして…。そこじゃないじゃん、私何やってるんだろうって思うんですけど、でもやりたいし(笑い)。あーもう、最高だし、最悪だし」。

ダンスは物心ついた3、4歳ごろから常にそばにあった。テレビ厳禁の教育方針で、父親は家で音楽しかかけなかった。「音楽が流れていたら踊るでしょ、という自然な流れ。ピアノや習い事もやりましたが、宿題や決まり事があるのが苦手で。ダンス以上にフリーダムなものを見つけられなかった」。国内のダンスコンテストで次々と優勝するも、ダンスを枠にはめたがる日本を窮屈に感じ、18歳で単身米ロサンゼルスに渡った。

「びっくりするほど怖いものがなくて。私は身長もガタイもあるから、日本だと誰かのバックダンサーをやっても『アーティストより目立たないで』とか『もうちょっと抑えて踊って』とか言われていたのに、それが全部解放されました」。世界35カ国以上でパフォーマンスを行い、15年にはスティービー・ワンダーとのCM共演も話題になるなど、地歩を固めてきた。

中学でダンスが必修科目になっていることに「最悪」と語るのもこの人らしい。「授業にしやがって、みたいな。教本通りにできない子はダンスが嫌いになる。ダンスは本来、言葉を超えて究極の会話になる自由なものなのに」。

実際、19年のカオナシ役のオーディションでは、パフォーマンス後、演出家ジョン・ケアード氏をその場でダンスに誘っている。ロッド・スチュワートの「セイリング」をかけ、欧米夫婦のように一緒に踊った。この取材の合間も、事務所スタッフの子という小さな女の子と、鼻歌で仲良くお遊戯ダンス。踊りを通して誰とでも気持ちを通わせ、あっという間にハッピーの輪を作ってしまう。

★出産はステージでしたい 私だからできる究極のダンスだから

19年、NHK大河ドラマ「いだてん」で日本人女性初のメダリストとなった人見絹枝さんを演じ、女優デビューした。昨年は「MISHIMA2020」で舞台にも本格進出し、現在は連続テレビ小説「おかえりモネ」で車いすマラソン選手、鮫島祐希役で話題を呼ぶなど、その表現力は女優業でもひっぱりだこだ。

ダンスも芝居も、「自分にしかできない」と思うものに心と体をささげるという点では同じだ。「いだてん」で人見さんの人生に触れ、女優デビューに迷いはなかったという。「女性がスポーツをする型がまだない時代に女ひとりで飛び出していくつらさや孤独は、私も少なからずダンスで経験していたので、自分にしかできないと思ってやっていました。ナースの役をやれと言われたら快くお断りしますけど(笑い)、人見絹枝さんは私にしかできないという自信があった」。

「いだてん」の少し前、26歳ごろに活動の拠点を日本に戻し、「なかなかリズムを取り戻せず煮詰まっていた時期でもあった」という。

「好きで踊ってきたダンスと求められるものにいろんな違いが出てくる中で、ダンスで1人だけで頑張るのはバランスが悪くなっていたんですね。芝居のお仕事は、スタッフや共演者の皆さんとみんなでキュッキュッと作り上げていくもの。役から得るものも、共同作業も、新鮮な刺激がありました」。ダンスも「私をここまで連れてきてくれたもの」として常に軸にある。「お芝居と逆に、言葉のない世界でひとつになれるもの。その楽しさを1人でもバカになって伝えていきたい」という。

10年後のビジョンを聞くと、「40ですよね。すっげぇきれいなお姉さんになりたい」と目を輝かせる。「こんなしゃべり方をしない、きれいなお姉さんになって、飛行艇でしか来られないようなバーでパフォーマンスしてたい」。結婚願望はないが、子どもは3人ほしいのだという。「そうだ。出産はステージでしたいです。見たことないし、私だからできる究極のダンスだと思うから」。【梅田恵子】

▼舞台「千と千尋の神隠し」尾木晴佳プロデューサー

演出ジョン・ケアード氏とのオーディションはコロナ禍前のこと。静から動へ、カオナシが暴走していく様子をフィジカルに表現した菅原さんのダンスに、ジョンは「お金を払わなくていいのかな」と大感動でした。その後、菅原さんがジョンを即興でダンスに誘い、外国の夫婦が踊っているようなすてきなひととき。ダンスがコミュニケーションや生活の一部として自然にある人なんですよね。私にとっても、カオナシってこれが答えなんだと、大いにインスピレーションをもらえた出来事でした。

◆菅原小春(すがわら・こはる)

1992年(平4)2月14日、千葉県生まれ。幼少期から創作ダンスを始め、10年に単身渡米。世界35カ国以上でパフォーマンスを行う。15年、スティービー・ワンダーとのCM共演も話題になった。「少女時代」などのK-POPのほか、EXILE、三浦大知など振り付けでの活躍も多数。19年、NHK大河ドラマ「いだてん」で女優デビュー。現在、連続テレビ小説「おかえりモネ」に出演中。

◆千と千尋の神隠し

01年公開。宮崎駿監督。やおよろずの神々の世界に迷い込んだ少女、千尋が、さまざまな人との出会いで成長していく。興行収入316億円は日本歴代2位。世界50カ国以上で公開。米アカデミー賞長編アニメ賞。

(2021年8月22日本紙掲載)