亡くなった高島忠夫さんがパーソナリティーを務めた文化放送「高島忠夫の気ままなジャンボ」(78年4月~84年9月)の制作を担当した同局前会長で現顧問の三木明博氏(71)が、28日、日刊スポーツの取材に当時の思い出を語った。

三木氏は「映画、ミュージカルの大スターだったが、報道記者から異動で来た新人のような私にも優しくて温かくて、とにかく明るい方でした。当時、印象に残っているは『継続は力なり』と言われたこと。『自分も最初は芝居も踊りも歌もできなかったけど、一生懸命、毎日、練習を継続することでできるようになった。あなたも制作者人生、継続して努力することが大事』と言ってもらえました」としみじみと語った。

当時、大スターが月~金曜のラジオの帯番組に出演するのは珍しかった。三木氏は「奥さまの寿美花代さんには『健康管理の上で決まった時間に決まった仕事をするのはありがたい』と言ってもらえましたのも覚えています」。

また、当時、あまり売り上げのよくないラジオの通販番組の状況を救ってくれたのも高島さんだったと紹介。「羽毛布団を3分間で5000万円分を売り上げました。大ヒットしました。紹介する商品を自分も買っていて『自宅の倉庫がいっぱいになって大変だ』と言ってました」と語った。

最後は「私よりずっと年上の方でしたが、1つ1つ前向きに取り組む人でしたので、私の制作者人生、楽しかったです。残念としか言いようがないです」と語った。