どんな達人にも無力の駆け出し時代がある。多様なキャラクターを変幻自在に演じ、三谷幸喜、是枝裕和ら人気演出家から指名を受ける女優斉藤由貴(54)にも、未熟さに悩み、泣くばかりの日々があった。ニッカンスポーツ・コムの取材に応じ、85年の映画デビュー作「雪の断章-情熱-」(相米慎二監督)の撮影当時や、風変わりだった思春期のエピソード、さらには独特の人生観も語った。全3回。【取材=松田秀彦、島根純】

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試練を味わったデビュー映画「雪の断章-情熱-」は85年に公開され、ブルーリボン賞新人賞を受賞するなど女優として高い評価を得た。公開翌年にはNHK連続テレビ小説「はね駒」でヒロインを演じ、国民的人気を獲得した。その後も着実に歩みを進めてきたが、女優としての「原点」は意外なところにあった。

「小学校ぐらいの時、いわゆる、いじめられっ子でした。男の子に石を投げられたり、上履きをぶつけられたり。だから心を閉じて過ごしていました。学校は嫌だなと思い、毎日早く終わらないかなって思っていました。中学生になってアニメが大好きになり、『ガンダム』などに夢中になって、漫画も大好きになりました。小説も好きでしたが、漫画を見たり書いたりするのが大好きで、高校になってそういう自分の引き出しが、周囲とのコミュニケーションが取れる感じに向かせてくれました」

とはいえ、心が完全に開放されたわけではなく、高校時代も、どこか不安定さを抱えていた。

「通学するバスで、降りなければいけないバス停をスルーして、そのまま横浜駅まで行って一日中、噴水の前に座っていたり。雨だからといって休んだりしたこともありました。なぜ人と同じことができないんだろうという葛藤はありました」

帰宅するといつも、ちょっと不思議なルーティンが待っていた。それは自分を保つための儀式のようなものだった。

「制服のまま自分の部屋で3時間ぐらい、1人で鏡の前でしゃべっていました。自分の中では、誰かと話しているという設定でした。学校でうまく言えなかったことを修復するというか、なぜかその鏡の前ではたくさん話せました。それが日常でした。ちょっと異常ですよね(笑い)。ある意味でもしかしたら、無意識のうちに、そうした自己表現をすることが、演じることの素地を作っていたのかも知れません」

ある時、母親が驚く提案を持ち掛けてきた。鏡の前での「一人芝居」は気づかれていないはずだったが、新聞広告で見つけたオーディションへの応募を勧めてきた。コミック誌「少年マガジン」主催の読者応募形式のグラビアコンテスト「ミスマガジン」。これでグランプリを獲得し、芸能界への扉が開いた。

「母は内向的な自分を心配していたんだと思います。それが今につながるのですから、不思議ですね」

女優として今も独特の存在感を放つ。サイコパスのような設定で見せる「怪演」などで観客や視聴者を楽しませている。

「激しい感情を発露するシーンは、今も自分の中にどうしようもなく、ぐわっとあるものを、バーンと出せる自分として必要不可欠なことだと思っています。よ~し、やったれ~みたいな感じで、思い切りボカーンと出して、監督に抑えてと言われたら調整するみたいな(笑い)」

自己表現することで自分の存在を確認する。鏡の前で1人話し続けていた頃から変わっていないという。

「ある意味、成長がないですよね。ただ、この仕事に巡り合えて本当に良かったし、月並みな言い方ですが運命だなと思います。救いだなと思います。演じることは生きるために必要な呼吸のようなものなんです。演じて初めて自分という人間の輪郭がはっきりとする感じ。演じていないとぼんやりしているんです」。

「演技」なしの自分はあり得ない。そう言い切るだけあって、女優を辞めたいと思ったことはないという。

「『人生は大いなる暇つぶし』という言葉を聞いたことがあるのですが、その通り!って思ったんです(笑い)。人生始まってから終わるまでの暇つぶしに、みんな一生懸命になって埋めようとしてあくせくしている、というのが私の捉え方なんです。だから、せっかく興味深い暇つぶしができているのに、わざわざ自分でそれを捨てて、それ以外に何をするのって思ったら、見当たらないんです。続けさせてもらえるなら、いつまでも続けたいと思っています」

(おわり)

◆斉藤由貴(さいとう・ゆき)1966年(昭41)9月10日、横浜市生まれ。84年「ミスマガジン」でグランプリ。85年にシングル「卒業」で歌手デビュー、フジテレビ系「スケバン刑事」で連続ドラマ初主演、「雪の断章-情熱-」で映画デビュー。86年にNHK連続テレビ小説「はね駒」でヒロイン、平均視聴率は41・7%を記録。同年にNHK紅白歌合戦に初出場。87年に「レ・ミゼラブル」で初舞台。映画「雪の断章-情熱-」が初dvd化されて発売中。映画「子供はわかってあげない」が公開中。161センチ。血液型B。