漫談家綾小路きみまろ(71)が30日、CDデビュー20周年記念セレモニーを都内で行った。
30年以上に及ぶ、売れない“潜伏期間“を経て、02年のこの日に漫談集CD「爆笑スーパーライブ第1集!~中高年に愛をこめて~」でテイチクエンタテインメントからメジャーデビュー。CDは翌年にミリオンを突破し、現在は186万超のロングセールスを続けている。“きみまろ人気“は不動で、ほかのCDやDVDと合わせると計25枚で525万超のセールスを記録している。ライブ動員数は累計約250万人に及んでいる。
この日はテイチクから感謝状を贈られた。
あいさつで「私のカツラ、この衣装。よく20年頑張ってこれたなと思う」と笑いを取って「昔の方が面白かったと言われる。今はちょっと変なことを言うと苦情がくる。今はあたりさわりのないネタをやっています。いつまでできるのか自問自答しながら舞台に立っています」などと語った。
主な一問一答は次の通り。
-20周年を振り返っていかがですか
駆け抜けた20年。あっという間でした。潜伏期間が30年ありましたので、まだその期間までいっていませんね。
-コロナ禍で変わったか
変わりました。ライブでは大きな声を出してはいけない。2000人の会場は半分の1000人。私たちにとってはやりにくい感じでした。
-愛のある毒舌が持ち味ですが、昨今はコンプライアンスが厳しくなった。工夫は?
言ってはいけないことが増えました。
-仕事以外の生活はどうしている?
河口湖近くに250坪の畑があり、自然の中で野良仕事をしてる。ユーチューブで発信をしているが、登録者がおりません。なかなか中高年に届かない。インスタグラムはフォロワーがいない。そういうことをしながら暮らしている。見なくていいから登録だけお願いします。
-71歳10カ月。健康の秘訣(ひけつ)は
健康はすべてに優先します。健康は宝です。そういう気持ちで室内自転車を買いまして、一生懸命にこいでいます。毎日1時間40分。50代はジョギングをしました。膝を痛めてウオーキングにして、今は室内でゆっくりバイクをこいでいます。
-人生100年時代。今後は?
ライブを中心にぼちぼちやっていきます。ユーチューブやインスタをやりながら、残りの人生をやっていきます。
-漫談のネタはどこから仕入れるのか
作家はいないので、1人で考えています。今までのライブを録音して聞いている。ネタは舞台でかけて、受けるかどうかをやってみます。
-コロナが開けたら? もう元には戻らないと思います。高齢のお客さまは会場に来る元気がない。今はチケットが半分売れるが、全盛期には戻らない。それでいいのではないか。静かに静かに幕を閉じたい。100歳まで元気ならいいが、今は1人で立ってパンツをはけない。壁を使っている。靴下も座らないとはけない。
-20年走り続けた原動力は?
1万円をおやじからもらって「あとは自分でやれ」と。そういうおやじでした。売れない時代が30年。スナク、キャバレー、神社、仏閣で仕事をした10年。演歌歌手の専属(司会者)が20年。「よし、やれるところまでやろう」が原動力でした。お客さまが盛り上げてくれて20年。売れない時代が私を応援してくれました。
-19年放送の「徹子の部屋」で「70歳で引退」と発言をして黒柳徹子さんにしかられた?
はい。おしかりを受けました。「私が何歳だと思うの」と。これではいけないと思った。黒柳さんが「あと20年はやれる」と言ったが、90歳までは無理だと思う。1人で漫談をやっている人は他にはいない。最後の生き残りみたいな気持ちで、やれるとこまでやろうと。同じことを4回繰り返し言ったら辞めようと思います。
-奥さんからのサポートは?
食事の管理です。目に見えないけど、1日1日の積み重ね。妻がいてくれたから、今もまっすぐ立っていられる。ひもとくと毎日、3食、妻が食事を作ってくれたことが、私の体を作ってくれた。野菜中心。毛はないけど、毛虫のように野菜を食べます。
◆綾小路(あやのこうじ)きみまろ 本名・仮屋美尋(かりや・よしひろ)1950年(昭25)12月9日、鹿児島県生まれ。拓大卒。79年に日劇で漫談家デビュー。長い下積みを経て02年に漫談集「爆笑スーパーライブ第1集!~中高年に愛をこめて~」でブレーク。中高年の加齢ぶりなどを笑いのネタにした毒舌漫談が人気。



