歌手クミコ(68)が21日、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」(月~金曜午前5時)のコーナー「ソーシャルテックpresents生島ヒロシの輝く明日へ」にゲスト出演した。
1978年(昭53)にホンキートンクのボーカルとして、ヤマハポピュラーソングコンテストに出場して「どしゃぶり ずぶぬれ しどろもどろ」で優秀曲賞入選。82年にシャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格してプロデビューした。クミコ「歌う場所が、ここしかなさそうだなと思ったから」と話した。
パーソナリティーの生島ヒロシ(72)が「おたくの社長さん、僕と相性がいいんですよね。今日、スタジオに来ています。プロデューサーでもあり、社長でもあります」と、クミコの所属事務所「プエルタ・デル・ソル」の平栗敬紫(たかし)社長を紹介。平栗社長が登場すると、クミコは「いろんな人間がいる、いろんな道があるということを教えてくれました。視野はものすごく広がりました」と感謝の言葉を述べた。
80年代に東京・渋谷のジァン・ジァンに出演して歌っているところを、16年に亡くなったタレント永六輔さん(享年83)に認められた。恩師と慕う永さんを、クミコは「お世話になりました。おかげでTBSにも何回も来させていただきました。厳しいですし、怖い方でしたが素晴らしい方でした」。生島も「厳しいです。でも、それは愛のムチですね」と振り返った。
その後、大ヒットメーカーの作詞家松本隆氏(73)に「大人の歌が歌える人」と認められて、00年にアルバム「AURA(アウラ)」を発表した。「『AURA』の詞を全部書いてくれました。でも、大ヒットした曲と、私に書いてくれた詞は全然違ったんです。放送できないような詞(笑い)」。
平栗社長は「松本先生はアイドルで大ヒットをいっぱい書いていて、ヒット曲はもういいな、大人の詞を書きたいと思ったんです。私たちはヒット曲を書いてくれると思ったんですが、そこにすれ違いがあった(笑い)。でも、クミコに改名したのは松本先生」と、高橋久美子から現在のクミコに変えた経緯を説明した。
クミコは作家でエッセイストの阿川佐和子さん(69)と、5月19日に東京・有楽町の劇場「I’M A SHOW(アイマショウ)」で「クミコとサワコのステキなライブ」を開催。同世代への応援歌になるトークと歌を披露する。
クミコは28日も出演する。



