第76回カンヌ映画祭(フランス)で脚本賞を受賞した「怪物」の坂元裕二氏(56)と、是枝裕和監督(61)が10日、早大で人気授業「マスターズ・オブ・シネマ」の講義にゲストとして登場した。坂元氏は、講義の最後で「ドキュメンタリータッチとか即興ということを、よく言われますけど、僕は日本に、こんなに脚本がうまい監督はいないと思う」と、是枝監督を絶賛した。

坂元氏は、脚本の中に、是枝監督が加筆したセリフがあると説明し「そんなにたくさん、あるわけではないんですけど、ところどころ、監督のアイデアで書かれた、せりふがあって。それが、オセロをひっくり返すくらい、すばらしい…それがなかったら全然、違う印象を、たくさん受けたんじゃないか? っていうシーンが幾つかあって」と絶賛。「簡単なセリフで、映画の面白さが全然、変わるんですよ。ハッとして、カンヌのレッドカーペットに行く時、監督にすごいですねって話したんです」と言及し、複数のシーンを上げた。

是枝監督は、22年の前作「ベイビー・ブローカー」で、韓国の俳優ソン・ガンホがカンヌ映画祭男優賞を受賞した際に応じた取材でも「彼の演技を見ながら脚本を、また現場で直していく。編集を見てもらって…というか、彼が見るので、意見が戻ってきて。そのフィードバックが、撮影の裏で毎日あった」と語るように、撮影現場で脚本を直したり、加筆することがままある。坂元氏は、そうした製作手法を踏まえつつ、同監督の書く脚本が、いかに基本、セオリーをしっかり踏まえた精緻なものであるかを、ひときわ声を大にして学生に説明した。

坂元氏 皆さんが思われているのとは違って、ハリウッド脚本術のような、教科書に書いてあるようなもの…セットアップがあって、3幕構成で、ミッドポイントがあって、教科書的なものが全て網羅されている。こんなに、しっかりしたものはない。現場で書かれたとしても、前もって書いたにしても、こんなにも脚本が良いのが、是枝さんの映画なんですよ。何もかも現場でアドリブで作っている、ドキュメンタリータッチというのは、ご本人の(発言の)流用か世間の誤解かは知りませんが、僕の持っている実態とは違う。

坂元氏の熱弁に、是枝監督は「そろそろ、終わります。ありがとうございます」と照れた。「僕は、テレビのドキュメンタリー出身(の作家)で、現場の演出も自分で書いたものも、自分でで変えていくタイプなので、よくドキュメンタリータッチと言われるんですけど…」と自身を評した。

その上で「多分、映画で見て自然だと思われることほど、裏でとても不自然なことを、いろいろやらないと成立しない。もちろん、役者もそうで、子どもたちの演技が自然に見えるのは、しっかり演じている」と強調。「好きにしてくれと問えば、自然に見えるかというと、そうじゃない。そこは、注意しながらやっていますけども」と、世界的に評価が高い、演技には到底、見えない子役の自然な振る舞い、動きも、しっかり演じているものなのだと重ねて強調した。