第38回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞が28日に発表され、石原裕次郎賞には「宝島」が輝いた。
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戦後80年の今、米軍統治下の沖縄の歴史に踏み込み、映画として描くことに挑んだ大友啓史監督(59)。14年以来11年ぶり2度目の受賞の喜びは、ひとしおだった。「『るろうに剣心』のような分かりやすいエンターテインメントではない。届けにくいテーマをはらんだ難しさ含め、沖縄の人にウソのないように作りきれるか。製作者側の良心も試された闘いだった」とかみしめるように語った。
日本返還前の沖縄を劇映画化すること自体、ハードルは高いが、沖縄の人たちが戦後、米国と日本のはざまで感じたものを、現代の観客が体感できる作品を目指した。沖縄言葉にあえて字幕を入れず、3時間11分の大作を直接、手で届けたいと主演の妻夫木聡(45)が全国1万5000キロを自ら回った。沖縄の人々には支持されたが、一方で9月19日公開後の興行成績は期待に遠く及ばなかった。
少しでも届けたいという思いから11月に沖縄言葉対応字幕付き上映を始め、上映のさらなる継続や映画祭への出品も模索する。その中での受賞に、妻夫木は「やってきたことは間違っていなかった。婚姻届を出しに行ったくらい、この世に存在が証明された思い。うれしかった」と感激した。
大友監督は「いつか、僕らに降りかかるかも知れない」という感覚を念頭に、「ウクライナやガザのニュースも『宝島』につながっている」と感じながら脚本を執筆した。封切りから3カ月たった今、日本国内でも台湾有事の問題が連日報じられるが、製作段階で米国が台湾有事をシミュレーションした資料も読んでいたと初めて明かした。「そういう(現実が映画についてくる)ことはある。戦争や戦いが起きた後、傷痕がどのくらい続くのか。『宝島』が持っているテーマはすごくある」と口にした。「宝島」を見るタイミングは今、なのかも知れない。【村上幸将】
◆宝島 太平洋戦争後、GHQ統治下の沖縄には、米軍基地などから奪った物資を困窮者らに分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれた若者たちがいた。グスク(妻夫木聡)、ヤマコ(広瀬すず)ら3人は幼なじみのリーダー、オン(永山瑛太)の失踪の謎を追う。
◆妻夫木聡(つまぶき・さとし)1980年(昭55)12月13日、福岡県生まれ。98年のフジテレビ系ドラマ「すばらしい日々」で俳優デビュー、同年公開の「なぞの転校生」で映画初出演。10年「悪人」でブルーリボン賞、日刊スポーツ映画大賞主演男優賞。日本アカデミー賞では同作と22年「ある男」で最優秀主演男優賞。16年「怒り」で最優秀助演男優賞。171センチ。血液型O。
◆昨年「ラストマイル」で石原裕次郎賞の塚原あゆ子監督 交差点で信号待ちをしている時や、地下鉄で近づく電車の音を聞く時、ふと今も、あの喧騒(けんそう)の中に立つ妻夫木さんを思い出します。この作品から学ぶことは、未来の世界を考える近道だと思うし、私には、知るべきことなのに知らない自覚さえないことでした。あふれ出す情熱に圧倒される作品であり、原作を土台としたエンターテインメントとしてのキャラクターの配置も、たくさんの人に届いて欲しいという、作り手の強い意志に感じました。素晴らしい映画体験を、ありがとうございました。
◆石原裕次郎賞 1987年(昭62)に亡くなった、戦後を代表するスター石原裕次郎さんの遺志を引き継ぎ、日刊スポーツ映画大賞に併設。石原音楽出版社が運営に全面協力している。その年に最もファンの支持を得て、スケールの大きな作品に贈られる。
■石原まき子氏「映画に心血注ぐ情熱は裕次郎と同じ」
石原裕次郎賞を受賞した「宝島」。マック・ザ・ナイフの音楽とともに映る美しい沖縄の海、米兵から追われ必死に逃げ惑う、狂気に満ちた表情の戦果アギヤーたち。オープニングから画面に見入ってしまうのは、当時を感じさせるノスタルジックな映像美と音楽、監督、出演者、そしてこの映画に携わった方々の「この映画を1人でも多くの人に届けたい」というエネルギーが画面からあふれ出てきたからでしょう。
主演の妻夫木さんは監督とともに、異例の全国縦断キャラバンを敢行され、大友監督は「これが最後の作品になってもいい」と、そのくらいの覚悟で臨んだ、と。活動屋として映画に心血を注ぐ情熱は、石原裕次郎のそれと同じに感じました。これからも1人でも多くの方に、大画面でそれぞれの魂の叫びを受け取っていただきたい作品です。
石原音楽出版社取締役名誉会長
石原まき子



