10日ほど前、朝日新聞の朝刊を繰る手が止まった。〈「はだしのゲン」教材から外す 来年度から 広島市の小3向け 市教委「被爆の実相、迫りにくい」〉

広島市の統一教材「ひろしま平和ノート」で、原爆の悲惨さを伝える「はだしのゲン」は小3と高1でいくつかの場面が引用されていたが、小3は別の内容に、高1も大幅に縮小される。

「はだしのゲン」は作者の故・中沢啓治さんが6歳で父、姉、弟を失い、自らも被爆した体験と悲惨な少年時代を漫画に描き、単行本は全10巻、世界で4000万部が読まれている。

市教委は教材から外す理由として「被爆の実相に迫りにくい」とし、さらにゲンが浪曲を歌って日銭を稼ぐ場面について、いまの子に浪曲はなじまない。栄養不足の母のためにコイを盗む場面は、誤解を招く-としている。

その一方、教材から外すことについて「『はだしのゲン』の意義を否定するものではない」としているが、では、この程度のエピソードがこの重い作品の意義をどれほど否定したというのか。先生が少し説明すればすむことではないのか。もう1点、市教委は大学教授らと議論を重ねたというが、中沢さんが描いた以上の実相が果たして存在したのか。

小3の教材で「はだしのゲン」を知り、この重い超大作に挑んでみたという広島の子どもたちも少なくなかったはずだ。

今回の広島市教委の方針変更にふれた朝日新聞の「天声人語」は〈きれいな戦争がないように、教えやすい戦争もありえまい〉と書く。

夏休みの読書感想文で、クラスの輪読会で、「はだしのゲン」がいつまでも同年代の子どものそばにいてくれることを切に願っている。

◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。