この時を待っていたかのようにサッと雨が上がった東京高裁前。メディア用語でいう“旗出し”。ノボリに「再審開始」「検察の抗告棄却」の文字が躍った。

1966年、静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)について、東京高裁は9年前の静岡地裁の判断を支持、再審開始を決定した。

私は喜びに沸く弁護団や支援者の中、満面の笑みに時折、うっすらと涙を浮かべる姉のひで子さん(90)と静岡朝日テレビの特番の中継でお話しさせてもらった。

いまは釈放されているとはいえ、長い拘禁生活で心を病んでいる巌さんに「うれしい結果が伝わらないのが残念でしょう」と問いかけると、ひで子さんは「ゆっくり話すと、いいことが起きていることはわかるみたい。でもね、巌は前の静岡地裁の再審決定の時も『当たり前だっ』としか言ってくれなかったのよ」と、うれしさの中にも、ちょっと困った声が返ってきた。

だけど無実の巌さんにとって再審も釈放も「当たり前」なのだ。だが今回の高裁決定は、唯一の証拠ともいえる5点の衣類は「捜査側の捏造(ねつぞう)の可能性が極めて高い」と踏み込んでいる。背筋が凍りつくではないか。この国の権力者は証拠をでっち上げてでも無実の人を死刑にしようとしたのだ。

しかしここまで追い詰められても、なお最高裁への特別抗告で抵抗しようとする検察。いま私たちに求められているのは、こんな権力の乱用を禁止する「再審法」の一刻も早い制定ではないのか。

-巌さんの「何度『当たり前だ』と言わせたら気がすむんだ!」という声が聞こえてくるようだ。

◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。