長い間、事件取材を続けてきて、「防ぎようがなかった」としか言いようのないときがある。長野県中野市で31歳の男が刃物や銃で女性2人と警察官2人を殺害、自宅に立てこもった事件もそのひとつだった。だがその後、状況がいささか違ってきて、通信社からコメントを求められた。

亡くなった警官は、いずれも防刃チョッキは着けていたが、防弾チョッキどころか拳銃も持っていなかったことが明らかになった。

長野県警の説明によると、110番通報を受けての出動ではなく、静かな田園地帯の巡回中に連絡がきて現場に急行したため、拳銃は携行していなかったという。

たしかに、神経を使う拳銃の携行にはこれまでも議論があった。私服で初動捜査に当たる機動捜査隊からは機敏な動きができないといった声が度々あがったが、今回のような立てこもりや暴力団の抗争もあるということで、常に重い拳銃を私服のベルトにつけている。

警ら(巡回)や交番の警官は、保管庫への収納、キーの管理、実弾の数、拳銃にはいつもピリピリしているという。

ある閣僚が保養先でSPに温泉をすすめたところ、「拳銃をタオルで包んで頭に載せるので、とても温泉気分には…」と返されたという。拳銃を持つということは、それほど厳しいものなのだ。

だけど市民は警官が駆けつけてくるときは拳銃を持っているものと信じている。とりわけ銃所持に厳しい日本で、銃器を持った暴漢に立ち向かえるのは警官しかいない。

任官した警察官がピリッと身の引き締まる思いになるのは拳銃を貸与されたときだという。それは善良な市民からの「信頼」の貸与でもあるのだ。

◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。