★首相・高市早苗は1年生議員当時、時の首相・村山富市に対して「先の大戦、勝手に謝ってもらっては困る」とかみついた。戦争を体験していない戦後世代が、過去の歴史について個人として道義的・道徳的な「反省」や「謝罪」を背負う必要はないとの考えと見受けるが「私の生まれる前のことは知らない」と首相が言えば国家の連続性が問われ、外交は成立しない。国民的合意のないまま安易に過去の歴史を『侵略』『過ち』といえるのかが高市理論だが、侵略や併合、植民地化した事実すら認めないとなると話は別で歴史修正主義といえる。国家としての連続性とは政治体制が変わろうが、戦後生まれが多数になろうが、事実は残りあいまいにはできない。
★国家の加害者としての態度、一方、日本にも多くの民間人の犠牲者がおり、軍人の遺族も多くいる。それでも戦争を二度と起こさないという考えや価値を守る気になれば、国民的合意はそこに宿ればいいはずだ。「反省」や「謝罪」を背負うのではなく、歴史として忘れないという対応はそれほど自虐史観だろうか。すると「いつまで謝ればいいのか」という声が出るが、その答えが12日、韓国のイベントにあった。
★昨年10月、韓国中部の佳山寺が光復(日本の植民地支配からの解放)80年を記念して「韓日平和の日」を開いた2回目のイベントが開かれた。忠北歴史文化研究院が主催し、佳山寺と韓日平和フォーラムが共同で運営している。今年は韓国元首相・丁世均(チョン・セギュン)と元首相・鳩山由紀夫が招かれ、2人は共同宣言で「韓日両国が過去の痛みを忘れず、その中にとらわれることなく互いの尊厳を尊重し、平和に共存する未来を築こう」と訴えた。また鳩山は「日韓関係では『未来志向』という言葉がしばしば使われる」としたうえで「未来志向という耳当たりのよい言葉によって、歴史の事実から目を背けてはならない」とし、「言うべきことを言い、聞くべきことを聞き、互いに誠実であろうとするその積み重ねのなかからこそ、信頼関係は生まれる」「その信頼こそが、本当の意味での未来志向の日韓関係を支える土台になる」とした。佳山寺のジウォン住職は「記憶はしても憎んではならず、ざんげを超えて和解へと向かわなければならない」と述べた。(K)※敬称略


