岸田文雄首相(2021年9月撮影)
岸田文雄首相(2021年9月撮影)

岸田文雄首相がついに、新型コロナウイルスワクチンの「1日100万回接種」を目指す考えを表明した。オミクロン株の拡大が止まらず、これまで国会で野党に散々突っ込まれ、身内の与党内にも政権の対応に疑問の声が広がる中、具体的な接種目標を明かさなかった従来の方針を、あっさり転換した。

首相は2月7日の衆院予算委員会で「目標は低くないがなんとしても達成したい」と述べたが、後手後手感が漂ったのは否めない。さらに、ここまで重要な方針を自分の口で明らかにしたのも、予算委員会の答弁の中であって、国民に呼びかけるような環境ではなかった。

岸田首相に対しては、言葉を「聞く力」はあっても「発する力」「話す力」があまりにも貧弱ではないのかと、国会議員の間でも、疑問の声が上がり始めているという。その象徴的な動きが、きちんとした記者会見を1カ月以上開いていないことだ。コロナに関する発表は、首相官邸のぶら下がり取材で記者の質問に応じる形で都度都度、行ってはいるが、ぶら下がり取材とはいわば「立ち話」だ。そうシリアスなテーマでなかったり、国際情勢の変化などで緊急を要する場合はぶら下がり取材でも問題はないが、コロナ対応のような国民の関心が強いテーマについては、やはり腰を落ち着けて、国民に向き合う姿勢が必要ではないかと感じる。

そう思うのは、歴代の首相は、記者会見を時に「決意表明」の場としてきたからだ。勝負の場としてしつらえることで、その分、そのテーマに注ぐ覚悟や決意が伝わる場合もある。

小泉純一郎氏は2005年8月、持論の郵政民営化法案が参院で否決され、衆院解散を表明する記者会見で、淡々とした口調ながら鬼気迫る表情で語りかけた。通常、首相会見ではブルーの背景色が多いが、あの時は深紅だった。後に「劇場型」と言われた郵政解散を象徴するように、自身の燃えるような内面の思いを表す効果もあった。「小泉劇場」に国民は熱狂し、自民党は圧勝した。

安倍晋三氏は2014年5月、歴代政権が認めてこなかった集団的自衛権の行使の限定容認を目指す考えを表明した会見で、イラストが描かれたパネルを用意し、自ら解説者になったようにして説明した。国民の批判は当時から強かっただけに、国民世論を意識した対応だった。もちろん内容には賛否両論、ハレーションもあったが、今思えば少なくとも「広く説明する」という姿勢は打ち出そうとしていた。

この1カ月間、岸田首相が報道陣との質疑応答で話す際の背景は、官邸ロビーの茶色の壁。特段の演出もなく、いつも同じパターンで進められている。

「オミクロン株警戒」の文字をバックに定例会見する小池百合子都知事(21年12月撮影)
「オミクロン株警戒」の文字をバックに定例会見する小池百合子都知事(21年12月撮影)

政府のオミクロン株対応の遅さに懸念を示し、2月9日には首相に直談判した東京都の小池百合子知事をはじめ、知事ら自治体トップたちの会見では、背景のボードにさまざまなメッセージが書かれているケースも多い。小池氏の場合、定例会見で「オミクロン株警戒」など、時におどろおどろしい色でメッセージを発していることもあるが、そうすることで伝わるものもあるはずだと感じる。

首相は最近、安倍氏や昨年「1日100万回」を実行した菅義偉前首相と会い、さまざまな教えを請うたようだ。持ち味の「聞く力」のたまものではあるだろうが、「話す力」のアピールの場は全く見えてこない。発生から2年を過ぎようとしているコロナ禍では、刻々と状況も変化し続けている。取られる対応が100%、正解であることもないだろう。それでも首相は今こそ、国民に向けてじっくりと方針や自身の考えを語る場を持つべきではないだろうか。【中山知子】