岸田文雄首相(21年11月30日撮影)
岸田文雄首相(21年11月30日撮影)

ロシアによる電撃的なウクライナ侵攻が始まった。昨年10月の就任以降、新型コロナウイルスの感染拡大という「有事」と直面し続けている岸田文雄首相だが、世界の主要国の1つとして、ロシアによるウクライナへの軍事作戦という、正真正銘の深刻な有事に向き合うことになった。

ここまで電光石火で、プーチン大統領が軍事作戦に踏み切ることは予想されていなかったとみられ、岸田首相は24日の参院予算委員会の審議中に、秘書官からの報告で知る形となった。侵攻が始まった後、質問していた立憲民主党の蓮舫氏に促される形で、国家安全保障会議(NSC)の開会に至るなど、首相も首相を支えるはずの自民党も、危機感はいまひとつ。有事対応のスタートは、必ずしも迅速ではなかった。

岸田首相は首相就任前、2012年12月から2017年8月まで、第2次安倍政権で4年7カ月、1682日間にわたり、外務大臣を務めた。兼任ではない専任の外相としては、戦後最長の長さだ。当然、各国の首脳らとも顔を合わせ人脈を築いた。2016年5月には、伊勢志摩サミットの後のオバマ米大統領(当時)の広島訪問実現に尽力するなど、一定の実績も残している。

今と当時と、世界で起きていることは違うにしても、混沌(こんとん)とした国際情勢は変わらない。そんな時期に、外相として見続けた経験や対応力という「付加価値」を、首相は持っていることになる。自身が国のトップとなり、かつて身につけた(はずの)経験や駆け引き、戦略などの対応力は、今使わずしていつ使う、まさに今でしょ!ということになる。

外相を務めた後、首相になった政治家は多いが、最近では岸田首相の前は、麻生太郎元首相(2005年10月~2007年8月)くらいだ。首脳トップ外交そのものは時の首相が担うとはいえ、その土壌や人脈を形成することにおいて、外相の役割も欠かせない。実際、首相は外相時代にプーチン大統領にもラブロフ外相にも会っている。今回の軍事作戦の当事者たちだ。

軍事侵攻から一夜明けた25日、ロシアへの追加経済制裁に関して表明した首相の記者会見では、新型コロナに関する会見より、語る言葉に力があったように感じた。コロナ対応は「後手後手」感が否めず批判を受けているが、この日は、現地の邦人保護へチャーター機の準備を完了していることなどを、ややドヤ顔で語っていた。経験則がある分野だけに、首相にとっては「岸田流外交」をアピールできる、最大のチャンスが訪れている。

国会審議や首相の記者会見では、プーチン氏と親密な関係を築いた安倍晋三元首相を「特使」で、ロシアに派遣してはどうかとの指摘が出ていた。首相は明確に答えず「今後については、状況の変化において機動的に考えていく」と述べるにとどめていた。政府関係者に話を聞くと「交流があるから説得できるほど甘いものではない。これは戦争なのだから」と語る。良好な関係を築いたとされる安倍氏の政権でも北方領土交渉などの課題は進展せず、今回の事態で今後も進展は望めそうにない。ある意味、これまでロシア問題に影響力を持っていた安倍氏に気を使わず、対応できる機会が訪れたことにもなる。

自民党本部の会合で、ロシアのウクライナへの侵攻を非難した安倍晋三元首相(22年2月24日撮影)
自民党本部の会合で、ロシアのウクライナへの侵攻を非難した安倍晋三元首相(22年2月24日撮影)

その安倍氏は24日、自民党本部の会合で報道陣非公開の講演をする前に、ロシアの対応に言及した。「戦後、私たちがつくってきた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、断じて許すわけにはいかない」と強い口調で語り、現政権の転覆も「けして許してはならない」と指摘。約3分のあいさつの中で、プーチン氏に直接言及する場面はなかったが「この事態を収拾するためにしっかり話し合い、ただちに兵を引いていただきたいと思っている」と、暗に呼びかけていた。

プーチン氏と良好な関係を築いたとされる安倍氏も「許すわけにいかない」とし、国際社会が「暴挙」と非難する今回のロシアの対応。岸田首相は有事のリーダーとして、外相時代に積み上げた「外交力」を生かせるのか、生かせないままで終わるのか。コロナ対応以上に、国民の視線はしっかり、首相の言動に注がれている。【中山知子】