岸田文雄首相(21年11月30日撮影)
岸田文雄首相(21年11月30日撮影)

岸田文雄首相のしたたかさがまたあらわになった。参院選を受けて、来月9月上旬という見方が有力だった内閣改造と自民党役員人事実施のタイミングを、一気に1カ月も早め、今週行う考えを表明した。8月10日の火曜日とみられている。この早業には、自民党の複数の関係者が「奇襲」ととらえている。

会期3日間の短い臨時国会も終わって、国会議員はまもなく始まるお盆休みを控え、地元での活動に向けた準備に入る時期だ。しかし5日午後、自民党関係者の間に「8日午後4時以降に臨時役員会、臨時役員連絡会がセットされるらしい」という趣旨の情報が飛び交い、やがて具体的な時間も明らかになった。お盆休みなんていう雰囲気が一気に消し飛ぶ、衝撃が走った。

自民党議員にとって、特に「閣僚待望組」と呼ばれる議員にとって、人事の季節はそわそわするものだ。最近の組閣や党役員人事では、主要派閥へのバランス配慮も見てとれるが、人事を前にした各派閥のトップにとっては、首相サイドに「待望組をいかに押し込むか、押し込めるかの『営業活動』」(関係者)がどこまでうまくいくかが、求心力にも影響するため必死だ。しかし、今回は営業活動の時間をほとんど取らせない、首相サイドの逆張り。各派閥から寄せられるはずだった閣僚候補の「推薦名簿」という「ご意向」には応じないという、首相サイドの強いけん制が現れる形となった。

岸田首相の「奇襲」はこれに始まったことではない。昨年の衆院解散も、当初想定されていた時期から2週間、前倒しされた。当時首相に就任したばかりで、首相就任から解散までわずか10日という、歴代の内閣でもなかった超スピード記録。側近を含めた、入念な解散戦略の結果だったといわれる。事前のメディアの評価を覆して大勝した後は、新型コロナなどさまざまな課題がある中で、「謎」といわれる高い支持率を維持してきた。

しかし、最近はコロナ感染「第7波」の急拡大に加え、安倍晋三元首相の銃撃死で明るみに出た旧統一教会と国会議員、特に自民党議員との関係の多さなどで、支持率が急落。しかも、岸田内閣で旧統一教会との関係が明るみに出た閣僚が、複数出ている。8月6日の記者会見で、「私個人は当該団体とは関係はない」とわざわざ明言した岸田首相にとって、今回の内閣改造や党役員人事で優先される条件の1つが、旧統一教会との関係のクリーン性になるのは明らかだ。

党内では、早くも「旧統一教会との関係が薄い派閥や議員が有利」との声が出ているという。閣僚を交代させる場合、岸田派や麻生派、茂木派からの登用が中心になるとの見方もある。一方、旧統一教会との関係が指摘される議員が多い安倍派は「外されるのではないか」などの声も出ているといい、岸田政権の「安倍派離れ」のきっかけになるとの見方もある。明日8月8日は、安倍氏の死から1カ月。安倍派からの入閣、党役員への登用がどんな形になるかで、再び派内で混乱が起きる可能性もある。

この時期での人事について、もし、当初通り9月まで待てば、その間、旧統一教会と国会議員の関係についての報道が続き、内閣の体力がそがれる。「聞く力」で、時に重要政策の軌道修正も気にしない首相だがて、局面打開に打って出る必要性を優先せざるを得ない状況が生まれたということだろう。

「奇襲」は戦いでの勝利への近道である半面、大きな守りの姿勢でもある。旧統一教会スキャンダルを抱える今の状態が続くことを嫌い、人事という手段で攻め、同時に守りを固める。優男(やさお)の雰囲気で、以前は優柔不断の評価もあった岸田首相のしたたかな一面が、今回もにじむ結果になった。

攻めという名の守りという意味での「奇襲」といえば、過去に安倍元首相も、2014年12月、2017年10月の衆院解散で見せた手法。14年には閣僚の「政治とカネ」問題で政権基盤が揺らぎ、17年には「小池新党」の台頭が予想される中だったが、いずれも解散の明確な「大義」はなかった。14年当時、「ご都合主義の『今でしょ』解散」と記事を書いた覚えがあるが、攻めているようで守る手法は、長期政権を築いた安倍氏も駆使した「伝承技」でもある。

菅義偉前首相(21年12月7日撮影)
菅義偉前首相(21年12月7日撮影)

政界の人事は「目玉」が必要。今回、キーパーソンといわれてきたのが菅義偉前首相だ。岸田氏は一昨年の党総裁選で菅氏に惨敗し「終わった」といわれながら、昨年いち早く党総裁選に名乗りを上げ、結果的に菅氏の退陣につながった。追いやられた形の菅氏だが、今も無所属議員のグループを束ね、勢力を拡大した新たなグループ旗揚げの準備も整っているとされる、今は在野の「キーマン」だ。一方で安倍1強を支えた知恵袋でもあり、安倍氏亡き今、挙党態勢の象徴として処遇されることはあるのかが焦点だ。岸田氏を支えるメンバーからの異論も取りざたされる。

今のところ、今回の人事では、得意の「聞く力」を発揮する様子が見えない岸田首相。奇襲は成功するのだろうか。【中山知子】