筆者は愛知県在住だが、コロナ前までは年に数回は東京へ訪れていた。東京出張の楽しみの一つが帰りの新幹線で食べる駅弁。東京駅の駅弁売り場で新杵屋の「牛肉どまん中」やつきじ喜代村の「深川弁当」などに目移りしながらも昔からよく購入するのが崎陽軒の「シウマイ弁当」だ。

まねき食品と崎陽軒のコラボで誕生した「関西シウマイ弁当」960円(筆者撮影)
まねき食品と崎陽軒のコラボで誕生した「関西シウマイ弁当」960円(筆者撮影)

メインであるシウマイ以外にも鮪(まぐろ)の漬け焼、蒲鉾(かまぼこ)、鶏の唐揚げ、玉子焼き、筍(たけのこ)煮、杏(あんず)、切り昆布、千切り生姜(しょうが)と、おかずが盛りだくさんなのが気に入っている。おかずの半分ほどをつまみにビールを楽しんだ後、残り半分でご飯を食べるのだが、ポイントはご飯のおかずとしてポテンシャルの高い筍煮を多めに残しておくこと。これが筆者流の楽しみ方である。

そんな筆者が愛してやまない「シウマイ弁当」に中身もパッケージもソックリの「関西シウマイ弁当」が姫路駅で売られているという。しかも、崎陽軒のお墨付き。どうしてもこの目で見てみたい。そして、可能であれば食べてみたい。そんな衝動が抑えられなくなり、姫路駅へ向かった。


■駅弁のドライブスルー販売で窮地をしのぐ

「関西シウマイ弁当」を製造しているのは、姫路駅の近くに本社があるまねき食品。1888年に山陽鉄道の開通にあたり、その翌年に日本で初めて駅構内で幕の内弁当を販売した歴史ある駅弁のメーカーである。駅弁のほかにも仕出しや、駅の構内、周辺で「えきそば」をはじめとする飲食店も手がけている。

発売は、昨年の11月末。コロナの感染状況は落ち着いていたものの、感染が拡大した2020年初頭からイベントは軒並み中止、県外への移動も自粛となっていた。メディアでは飲食店ばかりがクローズアップされていたが、駅弁業界も深刻な事態に陥っていた。「関西シウマイ弁当」は、コロナ禍の真っただ中で開発が進められたのである。コロナ禍におけるまねき食品の取り組みと併せて紹介する。

「集会やイベントなどで人が集まってこそ弊社の商売が成り立つのですが、コロナで大きな打撃を受けて、売り上げは7割減となりました。衛生的な問題もあって工場の操業を止めるわけにもいかず、進むしかありませんでした」と、まねき食品の代表取締役社長、竹田典高さんは当時を振り返る。


崎陽軒の「シウマイ弁当」860円(写真:崎陽軒)
崎陽軒の「シウマイ弁当」860円(写真:崎陽軒)

駅弁や仕出しは、旅行や観光、行楽など、いわば非日常を彩るものである。コロナ禍で生まれたステイホームという新たなライフスタイルの中に商機を見出すしかない。そこで、駅弁のデリバリーを開始した。駅弁3個、2000円以上の購入で配達するというものだったが、売り上げは今ひとつ伸びなかった。できたての味をそのまま届けるUBER EATSや出前館などに対抗できなかったのだ。

しかし、現場の士気が下がることはなかった。それを体現したのが、2020年4月、まねき食品本社前の駐車場にオープンした「まねきのえきそばドライブスルー店」だ。ここでは、毎朝10時から昼14時までえきそばのほか、カレーや丼もの、人気の駅弁を用意している。イートインスペースも設けられているので、買ったその場で食べることもできる。

まねき食品本社前で営業中の「まねきのえきそばドライブスルー店」(筆者撮影)
まねき食品本社前で営業中の「まねきのえきそばドライブスルー店」(筆者撮影)

ドライブスルー店の周辺には飲食店が少なく、近くで働く人々に重宝され、週末にはわざわざ遠方から足を運ぶ客も多かった。また、5月5日のこどもの日に中学生以下の児童を対象にえきそばやたこ焼きを無料で振る舞うイベントを開催したところ、店の前には長蛇の列ができた。当初は5月末までの期間限定で営業する予定だったが、好評を博したため現在も営業している。


■冷凍商品「あったかおうち駅弁」の完成

「流れてくるニュースのほぼすべてがコロナでしたし、何よりも目の前にお客さんがいないわけですから、現場で働く営業も企画も製造も皆、それぞれの立場で何かしなければという危機感を抱いていたと思います」(竹田さん)

幸いなことに時間だけはたっぷりあったため、新商品の企画やレシピがたくさん集まった。それらを基に駅弁の冷凍商品の開発を進めた。コロナ禍で旅行に出かけられなくなっても、自宅に居ながら駅弁が食べられることで旅行気分を味わってもらおうと考えたのだ。

駅弁は「冷めてもおいしい」をめざして作られる。一方、冷凍商品の場合、「冷凍の状態から温めてもおいしい」となるため、まったく違う製法を考案しなければならず、連日連夜、試作を繰り返した。

「これまで弁当に使う食材を冷凍したことはありましたが、弁当そのものはしたことがありませんでした。冷凍と解凍を繰り返しながら状態や味をチェックしたり、冷凍商品専用の容器の開発も並行して取り組みました」(竹田さん)


まねき食品の代表取締役社長、竹田典高さん(筆者撮影)
まねき食品の代表取締役社長、竹田典高さん(筆者撮影)

そこで完成したのが、「あったかおうち駅弁」や「冷凍えきそば」をはじめとする冷凍商品である。まねき食品のオンラインショップのみでの取り扱いだったにもかかわらず、わずか2カ月で売り上げが3000食を突破したヒット商品になった。その要因は、コロナ禍で本格的なぎょうざやラーメン、焼き肉などさまざまな冷凍商品が登場し、冷凍食品をネガティブに捉えなくなったことにある。実際、自宅で旅気分を味わいたいと購入するケースのほか、遠方で暮らす家族や友人に姫路の味を届けたいと注文する客も多かったという。


■史上初の東西駅弁メーカーによるコラボ

さて、ここからは本題の「関西シウマイ弁当」に話題を移そう。まねき食品と崎陽軒は、ともに全国のJR駅構内で駅弁などの食料品を販売している業者で構成される日本鉄道構内営業中央会の会員同士。もともと緩いつながりはあったが、距離が縮まったのは2018年。

「弊社が台湾・台北で開催された『FOOD TAIPEI 2018』(台北国際食品見本市)に出展する際、当時すでに台北駅構内で駅弁店をオープンさせていたまねき食品様からアドバイスと協力をいただきました」と話すのは、崎陽軒の広報・マーケティング部の西村浩明さんだ。

2020年3月、竹田さんはコロナ禍で大きな打撃を受けた駅弁業界から経済を活性化させるため、崎陽軒の野並直文社長に「シウマイ弁当」とコラボできないかと直談判した。

崎陽軒はこれまで地方を盛り上げるために自治体などとともにシウマイで町おこしをしたことはあったものの、食品会社、それも同業の駅弁メーカーとのコラボは前例がなかった。

「まず、実際にコラボできるのか? できるとしたら、コラボする意義はどこにあるのかを役員会で何度も話し合いました。東と西の駅弁メーカーのコラボは、駅弁業界のみならず、横浜と姫路それぞれの地域を盛り上げることができるという結論に達し、まねき食品様からのオファーを受けることにしました」(西村さん)


駅構内で売られている人気の駅弁の冷凍商品「あったかおうち駅弁」(筆者撮影)
駅構内で売られている人気の駅弁の冷凍商品「あったかおうち駅弁」(筆者撮影)

「シウマイ弁当」と「関西シウマイ弁当」をよく見比べてみると、それぞれの違いが見えてくる。そこから崎陽軒とまねき食品の並々ならぬこだわりが伝わってくる。まず、パッケージのデザインから見てみよう。「シウマイ弁当」は、黄色をベースに龍と水晶玉が描かれている。一方、「関西シウマイ弁当」のベースカラーはオレンジで、描かれているのは虎とオレンジ。2つのシウマイ弁当は、互いに優劣なく力の伯仲した英雄や豪傑などにたとえられる“龍虎”ということか。

パッケージに共通しているのは、経木(きょうぎ)折りと呼ばれる容器を使っている点だ。最近の駅弁はプラスチックの容器が定番になってしまったが、ひと昔前までは経木を用いた駅弁も多かった。経木は木のおひつに入ったご飯と同様に、水分を適度に吸い取って湿度を調整する働きがあり、食品を傷みにくくするのだ。また、蓋(ふた)を開けたときの心地よい木の香りや手に持ったときに感じる温もりも経木ならでは。


■経木折りに詰められた関西のだし文化

蓋を開けると、シウマイをはじめ、そのほかのおかずの品数やご飯の配置もそっくり。メインとなるシウマイの製造は、崎陽軒が担当。「シウマイ弁当」にも用いられている名物の「昔ながらのシウマイ」は、国産豚肉とオホーツク産の干し貝柱を組み合わせた旨(うま)味を重要視している。

「『関西シウマイ弁当』のシウマイを開発するにあたって、関西のだしの文化に着目しました。鰹(かつお)や昆布でとった出汁(だし)を豚肉に加えて、さらに、シャキシャキとした食感が楽しめるように刻んだレンコンも混ぜています」(西村さん)

シウマイ以外のおかずとご飯は、まねき食品が長年にわたって培ってきた駅弁作りの技術を余すことなく投入している。例えば、鶏の唐揚げと玉子焼き、筍煮。これらは「シウマイ弁当」と共通しているおかずだが、シウマイと同様に関西のだし文化をコンセプトに作られている。

鶏の唐揚げは、すっきりとした味わいのあご出汁と地元兵庫県・龍野にある老舗醤油(しょうゆ)メーカー、ヒガシマルの淡口醤油を下味に使っている。噛(か)むほどに鶏肉のジューシーな旨味とともにあご出汁の風味と醤油のコクが口の中に広がる。


■こだわりは細部にまで及ぶ

玉子焼きは関西らしく、鰹と昆布の出汁を使った出汁巻玉子。出汁の香りと旨味を生かした味わいにどこか懐かしさを感じる。筍煮もまねき食品でしか作ることができない工夫が凝らしてある。

「弊社のもう一つの名物『えきそば』に使用する鰹節や鯖(さば)節でとった出汁で味付けしています。噛むごとに出汁のやさしい味と風味が口いっぱいに広がります。それと、こだわったのは形状です。崎陽軒様の筍煮はさいの目切りですが、拍子木切りにしています。これは弊社の地元兵庫・姫路を含む播磨地方で祭りに使われる拍子木に見立てています」(竹田さん)

ほかにも「シウマイ弁当」の鮪の漬け焼は鯖の幽庵(ゆうあん)焼に。スチームオーブンで水分を保ちながら焼き上げているので、ふっくらとやわらかい触感が楽しめる。杏は甘塩っぱく煮た黒花豆煮に。杏と同様に、デザートなのかそれともおかずなのか意見が分かれそうだ。

こだわりは細部にまで及び、切り昆布と千切り生姜が酢レンコンと柴漬けに、俵型の御飯の上にのる黒ゴマと青梅干が関西で好まれる白ゴマと歯応えの良い赤梅干になっている。


まねき食品の「関西シウマイ弁当」はおかずの品数や配置も崎陽軒の「シウマイ弁当」にそっくり(筆者撮影)
まねき食品の「関西シウマイ弁当」はおかずの品数や配置も崎陽軒の「シウマイ弁当」にそっくり(筆者撮影)

竹田さんによると、すべてのおかずが決まるまで半年ほどかかったという。これでようやく発売できると思いきや、ご飯の炊き加減という最後にして最大の難関が待ち受けていた。崎陽軒もまねき食品も駅弁作りは冷めてもおいしく食べられることが前提となる。ところが、おいしいご飯の捉え方がそれぞれ異なっていたのである。

「関西では、少しやわらかめのご飯が好まれますが、関東は逆。ややかために炊いたほうが好まれるので、お米のかたさには最後の最後まで苦労しました。容器に使用している経木がご飯から出てくる水分を吸収して、お米のひと粒ひと粒から味をしっかり感じられる状態にすることが課題でした」(竹田さん)

崎陽軒は高温の蒸気でご飯を炊き上げる独自の「蒸気炊飯方式」を採用し、もっちりとした食感とお米そのものの旨味を最大限に引き出している。それを再現すべく、姫路の自社工場で試行錯誤を重ねた。納得のいくご飯が炊けると、それを持って新幹線に乗り、横浜にある崎陽軒の本社を訪ねた。そこで野並社長や役員に試食をしてもらうのだが、なかなかOKが出なかった。

「7、8回は行きましたね。うまくいかないもどかしさや悔しさよりも、訪れるたびに新たな発見や気づきがあったので、崎陽軒様には本当に感謝しています。試作を重ねる中で水分量を極限まで減らして炊くことで食感と旨味を最大限に引き出すことができました。OKが出たときはうれしかったですよ」(竹田さん)


■コロナ禍で立ち上げた新規事業で売り上げは1.2倍に

崎陽軒にコラボのオファーを出してから1年と8カ月がたった昨年11月、姫路駅の新幹線改札手前にある中央売店にて1日100個限定で販売したところ、わずか30分で完売となった。現在は生産数を150~200個に増やし、駅構外の「えきそばピオレ姫路おみやげ館店」やまねき食品本社前のドライブスルー店でも販売しているが、売り切れ必至の状況は変わっていない。


姫路駅の新幹線口手前にある「マネキダイニング」と中央売店(筆者撮影)
姫路駅の新幹線口手前にある「マネキダイニング」と中央売店(筆者撮影)

姫路は関東からの出張族が多く、行きの新幹線で「シウマイ弁当」を、帰りの新幹線で「関西シウマイ弁当」を食べ比べする人も多いという。また、姫路に転勤で来られた方からも「まさか姫路でシウマイ弁当が食べられるとは思わなかった!」と喜ばれている。

コロナ禍でも果敢に攻める姿勢が功を奏し、まねき食品の直近の月次売り上げはコロナ前の1.2倍まで伸びたという。

「嘆いたり、愚痴ったり、何かのせいにしても仕方がないですからね。前を向いて走り続けていたら、その姿を見ている人が必ずいます」と、竹田さん。その言葉に100年以上にわたって姫路の地で商いを続けてきた老舗の底力が伝わってきた。願わくば、姫路や横浜へ気軽に出かけることができる日常を一日も早く取り戻したい。

【永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー】