約15時間燃え続けた東京・築地場外市場の火事は、4日午前8時過ぎに鎮火した。7棟、953平方メートルを焼き尽くした。出火元とみられる、もんぜき通りのラーメン店から、数十メートル離れた漬物専門店「広洋」でも、すべてが灰となった。一代で店を起こし、今年でちょうど20年。大澤達之助代表(82)の長男一之さん(52)は、燃え落ちる店を間近で全部見ていた。

 一之さん 店舗前のビル3階に仲間と避難していて、ウチは大丈夫かなぁ、とのんびりと構えていたら、あっという間に燃えてなくなった。ただ、ウチの店で踏ん張れたから、他に延焼しなかったのかもしれない。これ以上、広がらなくて良かった。

 店が連なる長屋形式のため、伝ってきた火が広洋の店内に入って、白煙がすきまから漏れた。この時、一之さんは消防隊に「通路側の壁を破っていいから消火してくれ。築地を守ってくれ」と叫んで、それ以上の延焼を防げたように感じたという。

 一之さん 焼けてなくなっちまったものは、しょうがない。長屋だからウチまで火が伝ったのかもしれないけど、長屋のいいところはみんな声掛けてくれて、足りないもんをすぐ持ってきてくれる。店は燃えたけど、命さえあれば何とかなる。みんなが助けてくれるから、オレはようやく立っていられる。

 倉庫は別の場所にあったため、在庫の漬物は無事だった。

 一之さん 近所の飲食店が「漬物をつまみで売るよ」と言ってくれた。ありがてぇ。燃えた他の店も賛同してくれるはずだから、いっそのこと、各店舗の商品を「火事場のバカ力セット」として販売してもらおう。築地はこんなことじゃ負けないよ。

 2次災害を防ぐため、周辺の電線を切断して、消火活動に当たった。築地場外エリアのほとんどが停電となった。切断作業と同時に、消火活動に支障がないように代替の電線が設置され、停電は2時間で復旧した。

 一之さん 東京電力はすごいね。2時間で電気を通したもん。これは火事だけじゃなくて、多くの食品在庫を抱える場外のすべての店を救ったんだよ。もっと多くの人に知ってもらいたい。ウチのキュウリ漬けも助かった。

 そのキュウリ漬けは、4日の築地本願寺の盆踊りで設けた出店で販売された。途中、場内放送で火事で全焼した店として紹介され、出店の存在まで告げられた。浴衣姿の来場者らから「頑張ってね」「応援してるよ」と声を掛けられて、キュウリ漬け800本を売り切った。

 一之さん 今までずっと盆踊りで店を出してきたけどさ、こんなに売れたのは初めてだよ。最終日5日の分もあったのに、全部売れちまった。何だよ、みんな寄ってたかって、声掛けてくれて…。うう、盆踊りの涙はしょっぺぇなぁ。

 5日の盆踊りで売るためのキュウリ漬けを業者に発注して、何とか出店営業を保つことはできそうだ。

 一之さん どんぐらい売るかって? そんなの分かんねぇよ。今年の盆踊り、オレは絶対忘れない。【寺沢卓】

○…火事が発生した3日夜、築地場外市場に隣接する築地本願寺では、恒例の盆踊りを中止した。4日は通常通りに行われ、盆踊りだけでなく、築地場外の各店が出展する屋台も営業。広洋も出店を出した。盆踊りイベントの機材運搬用に、市場独特の運搬用車両「ターレー」を寺に貸し出していた。普段なら店舗前にターレーを置きっぱなしにするが、3日は寺に置いていた。店舗は全焼したが、ターレーは偶然が重なって手元に残った。

 広洋に残ったのはターレーだけじゃない。寺の吉川孝介さんが、4日午前1時ごろから火災現場を見回った。その際に広洋の店舗内で、燃えずに無傷で残っていた看板を奇跡的に発見した。「すすで真っ黒でしたが、洗ったらちゃんと“広洋”の文字が見えて安心した」と話していた。